1998年使徒の働き第9講

 

異邦人の光、パウロ

 

御言葉:使徒の働き13:1?14:28

要 節:13:47「主はわたしたちに、こう命じておられる,『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためである』」

 

使徒の働きは大きく二つの部分に分けることができます。1?12章は使徒ペテロを中心としたエルサレムのみわざとユダヤとサマリヤに起こった福音のみわざを記録しています。13?28章はパウロを中心とした異邦人の伝道のみわざを記録しています。使徒パウロの4回に渡る伝道旅行はエルサレム中心だったキリスト教が全世界に広がるきっかけとなりました。

本文の使徒の働き13,14章は、パウロの第一回伝道旅行の内容です。この時間パウロから福音信仰と宣教信仰を学ぶことができるように祈ります。また、聖霊がどのようにパウロをみわざに用いられたかを学ぶことができるように祈ります。

 

?。パポスで魔術師を制圧したパウロ(1?12)

 

 1?12章まではすべての働きの中心地がエルサレム教会でした。しかし13章からは異邦宣教の中心地はアンテオケ教会に移ります。アンテオケ教会はどんな教会でしたか。1節をご覧ください。「さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。」

アンテオケ教会には預言者と教師がいました。預言者は、神の言葉を聞き、それを人々に伝えるために全生涯を捧げた巡回伝道師でした。教師は聖書を教える先生です。バルナバはキプロス出身のユダヤ人でした。シメオンは、ユダヤ人であったが、ニゲルというもう一つの名前をもっていました。ルキオは北アフリカのクレネ出身でした。アマエンは貴族で、宮廷との関係を持っていました。パウロはタルソ出身のユダヤ人であり、ラビの教育を受けた人でした。アンテオケ教会には様々な土地から来た、さまざまな背景を持つ人々が集まっていました。ですからある面では心を合わせることが難しいことがありました。しかし、彼らが心を合わせて働いた時、神様はアンテオケ教会を世界宣教のパワーステーションとして尊く用いてくださいました。 

彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われました。バルナバとサウロはアンテオケ教会の実際的なリーダーでした。ですからこのように重要な彼らを遣わすことはアンテオケ教会にとって大きな損失になります。しかし、聖霊は世界宣教のために優れた二人の聖書先生を遣わそうとされました。そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出しました。二人はアンテオケ教会から派遣されましたが、根本的には聖霊によって派遣されました。

 ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡りました。サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神のことばを宣べ始め、島全体を巡回して、パポスまで行きました。パポスは愛の女神であり、享楽的な不道徳を表す代名詞ともいうべき、ヴィーナス神の礼拝で悪名高い所でした。そこでにせ預言者で、名をバルイエスというユダヤ人の魔術師に出会いました。バルイエスはイエスの息子という意味です。彼は魔術を行い、人々を驚かせていました。総督は賢明な人であって、バルナバとサウロを招いて、神のことばを聞きたいと思っていました。彼は今までバル・イエスのような偽預言者によって騙されていました。しかし、神様はこのように神様を捜し求める人に牧者であるパウロとバルナバを遣わしてくださいました。総督は慕い求める心を持って御言葉を聞きたがっていたでしょう。ところが、魔術師エルマは、ふたりに反対して、総督を信仰の道から遠ざけようとしました。しかし、パウロは、聖霊に満たされ、彼をにらみつけて、言いました。「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵。おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。見よ。主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる。」するとたちまち、かすみとやみが彼をおおったので、彼は手を引いてくれる人を捜し回りました。この出来事を見た総督は、主の教えに驚嘆して信仰に入りました。ここで私達は福音に敵対する人と戦うパウロを見ることができます。彼は魔術師エルマが福音のみわざを妨害する時、やさしく言いませんでした。彼は立ち向かって戦いました。パウロは福音に敵対する魔術師を一気に制圧しました。

私たちが福音のみわざに仕える時に、必ずそれを邪魔するサタンのしわざがあります。サタンは聖書を学ぼうとする兄弟姉妹達の心に働き、信仰の道から遠ざけようとします。ですからこのような罪とサタンが私たちや羊達に働く時、決して妥協してはいけません。パウロのような霊的な怒りを持って戦わなければなりません。福音の働き人は神様のために戦うキリスト・イエスの兵士です。

 

?。ピシデヤ・アンテオケでのパウロのメッセージ(13?52)

 

パウロの一行は、パポスから船出して、パンフリヤのペルガに渡りました。ここでヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰りました。このヨハネは使徒ヨハネではなくマルコと言う名のイエス様の70弟子の一人のヨハネです。彼はなぜ途中帰ってしまったのでしょうか。彼は最初は軽い気持ちで宣教旅行に参加しましたが、途中恐れが生じてエルサレムに帰ってしまったかも知れません。パウロが第二回伝道旅行にとりかかったとき、バルナバはもう一度マルコを連れて行きたいと望みました。しかしパウロは、パンフリヤで裏切り行為をした若者を連れて行けないと拒絶しました(15:38)。しかしパウロは、死の直前に書いたテモテへの手紙の終わりに、「マルコを伴って、一緒に来てください。彼は私の務めのために役に立つからです」(テモテ第二4:11)と言っています。パウロがマルコを赦し、受け入れたことがわかります。後にマルコはマルコの福音書の著者となりました。パウロとバルナバは、ペルガから進んでピシデヤのアンテオケに行き、安息日に会堂にはいって席に着きました。会堂の管理者たちは、パウロ一行に話す機会を与えました。そこでパウロが立ち上がり、手を振りながらメッセージを伝えました。16?41節までは使徒パウロのメッセージです。その対象はユダヤ人達とユダヤ教に改宗した異邦人達でした。パウロはまず17?21節でイスラエルの歴史を簡単に紹介しています。神様はご自分の民イスラエルを大きな力によってエジプトから導き出し、約四十年間、荒野で彼らを養われました。それからカナンの地で、七つの民を滅ぼし、その地を相続財産として分配されました。その後、預言者サムエルの時代までは、さばき人たちをお遣わしになりました。それから彼らが王をほしがったので、神様はサウロをイスラエルの初代王として立ててくださいました。それから、彼を退けて、ダビデを立てて王とされました。パウロは簡単ですが、このメッセージを通して神様がイスラエル人に大きな御旨を置かれ、保護してくださる大きな愛をあかししました。そしてそれに基づいて神様は約束された通りにダビデの子孫からイエス様を救い主として立ててくださったことは神様の大きな愛と主権であることを強調しました。

それでは神様はなぜサウロを退けダビデを立てましたか。神様がサウロを退けたのは彼の高慢、不従順のためでした。神様は高ぶる者に敵対します。彼は神様の命令を受けてアマレクを滅ぼす時も神様の御心を知ってそれに従うより自分なりに従いました。神様はこのように高ぶって神様の御声に従わないサウロを用いることができませんでした。結局彼は神様によって退けられました。それではダビデはどんな人でしたか。ダビデは神様を愛し、恐れる神様中心の人でした。彼は羊を飼っていた自分を選び、イスラエルの王として立ててくださった神様の恵みをいつも覚えていました。彼は王であり、戦争では負けることを知らない勇敢な将軍であり、詩人であり、音楽家として足りないものがないほど立派な人でした。しかし、彼は神様と人の前にいつも謙遜な人でした。彼が謙遜だったのは彼がいつも神様に祈ることによく現れています。心が高ぶっている人は神様に祈りません。自分なりに従います。しかしダビデは何をしてもまず神様に祈り、神様の御声に聞き従いました。彼は自分の心より神様の御心に優先的に従うことによって神様に喜ばれる生活をしました。神様はこのような彼を喜ばれ、彼を通して神様の御心を成し遂げようとされました。そして、神様は、このダビデの子孫から、約束に従って、イスラエルに救い主を送ってくださいました。この方がイエス・キリストです。今日も神様はご自分の御心を成し遂げるために必要な器を捜しておられます。私達がダビデのように神様が私に何を願っておられるのかを祈り、神様の御心に従うことができるように祈ります。

イエス様はバプテスマヨハネが証したキリストです(24,25)。イエス様は救いのことばです。しかしイスラエル人はこのイエス様を罪に定めて、殺しました。彼らは安息日に預言者のことばをよく朗読しました。しかし旧約聖書の中心人物であるイエス・キリストを知らなかったので十字架につけて殺しました。それは彼らが御言葉を絶対的な姿勢を持って従うより形式的に従っていたからです。27?37節までのメッセージのポイントはイエス様の十字架と復活です。彼らはイエス様を十字架につけて殺しましたが、神様はイエス様を死者の中からよみがえらせたのです。人類は、全くの愚かさによってイエス様を拒み、十字架につけたけれども、神様は決して打ち負かされませんでした。復活は、神様の打ち負かされないご計画と力との証拠でした。これもまた聖書の御言葉通りになったことです。特にパウロは詩編2:7「あなたは、あなたの聖者を朽ち果てるままにはしておかれない。」と言ったダビデの予言はイエス様の復活を予言していると証しました。パウロはメッセージの結論としてモーセの律法によってではなくイエス様を信じることによって罪から解放されると証しています(39)。ユダヤ人はモーセの律法を守り、義と認められるために努力して来ました。しかし人は堕落していて完全を要求する律法を満足させることができませんでした。人は律法を守ることによって義人となろうとすればするほど自分の無力さと弱さを見つけるだけです。それで自分をいじめたり、罪意識によって苦しみます。たとえば若い人は情欲の問題で苦しみます。この問題を克服するために努力します。ところが、そうすればするほど自分の弱さをしみじみに感じるだけです。クリントン大統領のような人さえも最近この問題で苦しんでいるほどです。私達の努力や修業によっては自己完成ができないのです。それは私達の心の中に善を行おうとする心を蝕む罪の力があるからです。この罪の力はとても強くて私達を負かします。それでは私達がどのようにして私達のうちに働く罪の力に打ち勝つことができるでしょうか。39節をご一緒に読んで見ましょう。「モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです。」これは非常に単純な真理です。イエス様を信じる時にのみ律法から解放されて義と認められるのです。私達は自分の弱さと罪を主に告白する時にその信仰によって罪が赦され、義と認められるのです。これが罪の赦しの福音です。私達は絶えず失敗し、同じ罪を繰り返して犯してもその時に主に出て行くと主は私達に値なしに恵みを施してくださいます。これは非常に単純なので複雑なことが好きな人はなかなか受け入れにくいことです。しかし、信じる者は救われます。

使徒パウロはこのようにイスラエルの歴史と旧約のみことばに基づいてイエス様の復活を証しました。そしてこのイエス様による罪の赦しの福音を伝えました。彼は単純に福音だけを伝えました。それではパウロのメッセージに対する反応はどうでしたか。42―44節をご覧ください。ふたりが会堂を出るとき、人々は、次の安息日にも同じことについて話してくれるように頼みました。会堂の集会が終わってからも、多くのユダヤ人と神を敬う改宗者たちが、パウロとバルナバについて来たので、ふたりは彼らと話し合って、いつまでも神の恵みにとどまっているように勧めました。次の安息日には、ほとんど町中の人が、神のことばを聞きに集まって来ました。

私達は哲学的に、文学的に美しく御言葉を伝える時大きなみわざが起こると考えがちです。単純に福音だけを伝えるとあまりおもしろくないと思います。しかし純粋な福音はいくら繰り返して話しても人を変える力があります。なぜなら律法の行いによって解決できない罪の問題を解決してくれるからです。人々が真に聞きたがっているのは純粋な福音です。哲学や人間の思想は一時的に人の耳を喜ばせることはできても少し時間が経つと飽きってしまいます。また、人の考えを複雑にさせて疲れさせます。しかし、純粋な福音は罪によって疲れている私達のたましいを生き返らせます。

このように人々が多く集まって来る群衆を見たユダヤ人たちは、ねたみに燃え、パウロの話に反対して、口ぎたなくののしりました。その時、パウロとバルナバは新しい方向をつかむようになりました。46、47節をご覧ください。そこでパウロとバルナバは、はっきりとこう宣言しました。「神のことばは、まずあなたがたに語られなければならなかったのです。しかし、あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者と決めたのです。見なさい。私たちは、これからは異邦人のほうへ向かいます。なぜなら、主は私たちに、こう命じておられるからです。『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』」パウロはイザヤ49:6節の御言葉に基づいて異邦人宣教の方向をつかみました。異邦人は心が開かれていました。異邦人たちは、それを聞いて喜び、主のみことばを賛美しました。罪意識にさいなまれ、律法によって重荷を負っていた彼らは罪の赦しの福音、恵みの福音、復活の福音を聞いて喜びに満たされました。こうして 、主のみことばは、この地方全体に広まりました。

 

?。ルステラでいけにえを捧げられることを拒んだパウロ(14:1?28)

 

イコニオムでも、ふたりの使徒は連れ立ってユダヤ人の会堂にはいり、話をすると、ユダヤ人もギリシヤ人も大ぜいの人が信仰に入りました。しかし、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人たちをそそのかして、兄弟たちに対し悪意を抱かせました。それでも、ふたりは長らく滞在し、主によって大胆に語りました。主は、彼らの手にしるしと不思議なわざを行なわせ、御恵みのことばの証明をされました。ところが、異邦人とユダヤ人が彼らの指導者たちといっしょになって、使徒たちをはずかしめて、石打ちにしようと企てたとき、ふたりはそれを知って、ルカオニヤの町であるルステラとデルベ、およびその付近の地方に難を避け、そこで福音の宣教を続けました。

以上から福音のみわざがあるところにいつも二つの勢力が対立していることがわかります。一つは御言葉を伝え、それに従う光の勢力であり、もう一つはこの福音を憎み、悪意を持っているやみの勢力です。私達が福音を伝える時に敵対する人々が現れることをおかしく思ってはなりません。御言葉の御業があるところには必ずこのようなやみの勢力があることを知っておいて使徒達のように主によって大胆に語り続けなければなりません。

ルステラにある足のきかない人がすわっていました。彼は生まれながらの足なえで、歩いたことがありませんでした。この人がパウロの話すことに耳を傾けていました。パウロは彼に目を留め、いやされる信仰があるのを見て、大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい。」と言いました。すると彼は飛び上がって、歩き出しました(10)。パウロのしたことを見た群衆は、声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ。」と言いました。そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人であったので、パウロをヘルメスと呼びました。バルナバは後ろで黙っていたのでパウロを動かすゼウスと呼び、パウロは御言葉を伝えるからゼウスの代弁者である雄弁の神ヘルメスと呼んだのです。この地方では昔ゼウスとヘルメスが人の姿で訪れましたが、ふたりだけが歓迎し他の人々は誰も彼らを歓迎してくれなかったそうです。それでその町は洪水で沈んでしまったという伝説がありました。このような伝説のせいか町の門の前にあるゼウス神殿の祭司は、群衆といっしょに、パウロとバルナバにいけにえをささげようとしました。これを聞いた使徒たち、バルナバとパウロは、衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら、言いました。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。」(15)。

今日も多くの人々が無神論者と言っていますが、実際には無神論者は一人もいません。人々は将来に対する不安のため占い師に訪ねて行きます。何か頼る対象を捜して多くの人々が初詣に行きます。人々は自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました(ローマ1:22,23)。

私たちが福音を宣べ伝える目的はこのような偽りの神々に仕えながら滅びるしかない人々を天地を造られた創造主である神様、今も生きておられる神様に立ち返らせるためです。神様は偶像崇拝をして滅びるしかない人々をあわれみ、イエス様を送ってくださいました。人はこの神様に立ち返る時にこそ真に幸せになり、いのちの実を結ぶようになります。私達がこの真理の御言葉を宣べ伝えることは大きな恵みであり、特権です。福音を宣べ伝える時に無視されたり、ひどい言葉を言われたりすることがあってもこの福音を宣べ伝える牧者や宣教師として立てられたことは神様が私達に与えてくださった特権です。私達を牧者や宣教師として召してくださった神様に感謝します。

パウロがルステラで福音を宣べ伝えている時、ユダヤ人達はアンテオケとイコニオムから来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにし、死んだものと思って、町の外に引きずり出しました。しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいると、彼は立ち上がって町にはいって行きました。パウロは石に打たれ、死にそうになっても少しも迫害に負けませんでした。彼は不死鳥のように再び立ち上がり、自分を石打にした町に入って福音を宣べ伝えました。箴言24:16を見ると「正しい者は七たび倒れても、また起きあがるからだ。悪者はつまずいて滅びる。」パウロには七転び八起きの精神がありました。 

このような彼には神の国に対する望みがありました。22節をご覧ください。「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」と言いました。この望みのゆえに彼は多くの苦しみの中でも落胆しませんでした。むしろ艱難の中でも喜びました。なぜなら今の時のいろいろの苦しみは、将来私達に啓示されようとしている栄光と比べれば、取るに足りないものと思っていたからです(ローマ8:18)。私達に神の国に対する望みがある時、艱難さえも喜ぶことができます。

ふたりの使徒はピシデヤを通ってパンフリヤに着き、ペルガでみことばを語ってから、アタリヤに下り、そこから船でアンテオケに帰りました。そこに着くと、教会の人々を集め、宣教報告をしました。彼らは自分たちがどれほど苦労したかを報告しませんでした。神様が彼らとともにいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったこととを報告しました。異邦人はやみの中にいました。彼には光が必要でした。神様は使徒パウロを福音の光を照らす異邦の光として選ばれました。

結論、使徒パウロから始まった福音の波は今も堂々と流れています。この波は今この国、日本にやって来ました。なぜなら今もこの国の多くの人々が福音の光を知らず、やみの中にいるからです。神様は彼らが光である主に立ち返ることを切に願っておられます。彼らに光を照らす人々が必要な時代です。神様は私達をこの世の光として召してくださいました。私達がこの国の人々に福音の光を照らすことができるように祈ります。