2021年マタイの福音書35講 379番
わざわいだ
御言葉:マタイの福音書23:1-39
要 節:マタイの福音書23:13
1.イエス様はなぜ「律法学者たちやパリサイ人たちの行いをまねてはいけない」と言われますか(1₋7)。弟子たちはなぜ先生、父、師と呼ばれてはいけませんか(8-10)。一番偉い者になるためにはどのように生きるべきでしょうか(11,12)
2.13~36節に「わざわいだ」、「偽善」という言葉が何回繰り返されていますか。それにはどんな意味があるでしょうか。律法学者、パリサイ人はどのようにして天の御国を閉ざしていますか(13-14)。彼らは苦労して得た改宗者をどんな人にしますか(15)。
3.パリサイ人たちと律法学者たちは、どんな点で目の見えない案内人ですか(16-22)。彼らは律法を徹底して守ろうとしましたが、実は何をおろそかにしていましたか(23,24)。彼らの表と裏はどのように違いますか(25-28)。
4.律法学者とパリサイ人はどんな点で悪を行った先祖たちと同じですか(29-32)。だから、彼らはどんなさばきを受けるようになりますか(33-36)。エルサレムに向けられたイエス様のみこころがどうでしたか(37-39)。