聖書別日ごとの糧   >>   ローマ[2023]

2023年 02月 26日 (日)

ローマ人への手紙 3:1-20(10)
義人はいない、一人もいない

 自分たちの罪を指摘されたユダヤ人たちは、反発しました。ユダヤ人のすぐれている点は何であり、割礼には何の益があるのか、と聞きました。ユダヤ人たちは、神様から多くの特権と祝福を受けています。その中で最も大きな特権は、神様の御言葉をゆだねられたことです。神様は、彼らを聖書の先生として用いようとされました。しかし、彼らは傲慢になり、イエス・キリストを殺し神様の御言葉を捨てました。祝福と特権を受けることも大切ですが、それらをよく担うことは、もっと大切です。私たちは恐れおののく姿勢で、神様から与えられた祝福を担うべきです。

 結局、ユダヤ人や異邦人もみな、罪の勢力の下にいるために、罪から逃れることはできません。自分で自分を正しいと言える人は、この世には、誰もいません。罪によって、目が閉ざされている人は、神様を捜しません。無益な物を求め、善を行ないません。その体の至る所が、悪で満ちています。このように、罪で満ちた世の中は、神様のさばきを受けるしかありません。律法のものさしで測る時、私たちはみな、さばきを受けて当然の罪人です。それで、私たち罪人には、救う者が切実に必要なのです。



祈り:主よ、私も主のさばきの下にある罪人であります。ただ主の御前に出て行くので、赦して受け入れてください。

一言:義人は、一人もいない



2023年 02月 27日 (月)

ローマ人への手紙 3:21-31(25)
キリストの血による宥め

 人は、自分の力では誰も神様のさばきから逃れることができません。神様はこのような人間を憐れまれ、救いの御手を伸ばしてくださいました。それは、「ご自分の義を明らかにするためです。神は忍耐をもって、これまで犯されてきた罪を見逃してこられたのです (25) 。」罪とは、私たち人間が創造主から切り離された状態のことであり、また、信仰から出ていないこと全てです (ローマ14:23)。神様は、私たち人間をそのような罪から救うために、イエス様をなだめのささげ物として立ててくださいました。イエス様は、神様の子羊として、十字架で私たちのためにささげ物となってくださいました。罪はいのちの血を要求します(レビ17:11)。私たちの罪の代価は、歴史上、誰も要求したことのない非常に高価で大きな代価です。神様はひとり子の尊い血を流されることで、私たちの罪の代価を贖ってくださいました。みにくい私たちの罪の代価を支払うために、一人しかいないひとり子の血を流された神様の恵みは、山よりも高く、海よりも深いものです。

 この大きな恵みが私たちの内で働くためには、私たち自身が、イエス様の血の力を信じなければなりません。神様がイエス様の尊い血で私たちを買い取られたことを、信じなければなりません。この歴史的な出来事は、ただ一度起こりました。しかし私たちがこのことを信じるなら、私たちは神秘的な生まれ変わりを体験します。そして、神様の聖なるものを慕い求めるようになり、神様の愛を体験するようになります。イエス様の誕生で、人間の歴史の新しい時代が始まったように、私たちがイエス様の血の力を信じる時、私たちの新しい生活が始まります。



祈り:主よ、私が生涯、イエス様の血だけに頼り、誇る者となるようにしてください。

一言:血の力


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