2001年ヨシュア記第4講

歴史教育の重要性

御言葉:ヨシュア記4:1?24

要 節:ヨシュア記4:6,7「それがあなたがたの間で、しるしとなるためである。後になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石はあなたがたにとってどういうものなのですか。』と聞いたなら、あなたがたは彼らに言わなければならない。『ヨルダン川の水は、主の契約の箱の前でせきとめられた。箱がヨルダン川を渡るとき、ヨルダン川の水がせきとめられた。これらの石は永久にイスラエル人の記念なのだ。』」

今日の御言葉はイスラエル人がヨルダン川を渡った直後に神様が彼らに歴史教育をさせる内容です。ところが、この歴史教育は単純な歴史教育だけではなく、神様がなさった奇蹟を教える信仰教育でもあります。今日の御言葉を通して子供たちに歴史教育と信仰教育をすることがどれほど大切なことであるかについて学びたいと思います。

?.歴史意識の重要性(1-3)

1-3節までをご覧ください。民がすべてヨルダン川を渡り終わった時、主はヨシュアに告げて仰せられました。「民の中から十二人、部族ごとにひとりずつを選び出し、彼らに命じて言え。『ヨルダン川の真中で、祭司たちの足が堅く立ったその所から十二の石を取り、それを持って来て、あなたがたが今夜泊まる宿営地にそれを据えよ。』」民がすべてヨルダン川を渡り終わった時、彼らの状態はどうだったのでしょうか。彼らは自分達の力によってはどうしても渡ることができなかったヨルダン川を、神様の力によって陸地を渡るように渡ったので神様に感謝する心で満たされていたでしょう。40年前すべてのイスラエル人が紅海を渡ったとき、モーセとイスラエル人は、主に向かって歌を歌いました。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。」(出15:1)。そして、ミリヤムと女達はタンバリンを持って躍りました。同じくヨルダン川を渡った時にも感謝と恵みと喜びに満たされたでしょう。しかし、その感謝と喜びもしばらくの間だけで、時間がたつと主の恵みを忘れてしまうのが人間です。

イスラエル人は紅海を渡ってシュルの荒野に出て行ったとき、水が見つからなかったのでモーセにつぶやきました。彼らは水がなかったり、肉が食べたくなったりするとすぐ指導者モーセとアロンにつぶやきました。彼らはそれほど大きな神様の奇蹟を体験したのにも関わらず、荒野生活の中でつらくなると、すぐ神様や指導者につぶやいたのです。彼らは奴隷の民であった自分たちを救ってくださった主の恵みを忘れて心には不平不満がいっぱいでした。それは彼らが歴史意識を失っていたからです。もし、彼らが歴史意識を持って過去神様がどのように彼らを守られ、導いてくださったのかを覚えていたなら、つらいことがあってもつぶやくより神様の御言葉に基づいて祈りながら神様の助けを求めたことでしょう。歴史意識を持つ時、試練を乗り越えることができます。神様はイスラエル人に恵みが満ち溢れていた時に彼らが歴史意識を持つように歴史教育を行なわれました。神様は彼らが今は神様の恵みと導きに感謝し、喜んでいますが、すぐ恵みを忘れてしまうことを知っておられたからです。

神様は私たちが自分の世代だけではなく、後世のために生きることを願われます。信仰生活は歴史意識を持って信仰によって生きることです。神様はアブラハムに言われる時、いつも「あなたとあなたの子孫」と言われて彼が歴史性を持って信仰生活をするように助けてくださいました。歴史意識を持って信仰生活をすることとそうでないこととは大きな違いがあります。歴史意識を持つと自分の行動に対して責任感を持つようになります。また、自分の行動が後輩達や子供たちにどんな影響を与えるかを考えます。

ジョージ・ワシントンは初代アメリカの大統領になった時、歴史意識を持ってすべてのことを慎重に行ないました。宴会、訪問、食事、服装など小さなことから大きいことまでそのようにしました。彼はこう言いました。「私が進む道は今まで誰も足を踏み入れたことがない道です。ですから、私のすべての行動は後世の手本となるように励まなければならない。」彼が二度目の大統領の任期を終った時、周りの人々は彼が続けて大統領として働いてくれることを願いました。しかし、ワシントンはそれを強く拒否して次のように言いました。「アメリカ憲法は大統領の三選、四選を禁じていません。しかし、同じ人が長い間大統領の席に座っていると専制政治の原因になる恐れがあります。私は初代大統領として先例を残すためにいろいろ励みましたが、今は大統領の務めから退くことに対しても先例を残したいと思います。」今日のアメリカが民主主義の花を咲かせることができたのも美しい先例を残したジョージ・ワシントンのような信仰の先祖たちがいたからです。神様は歴史の神様です。ですからクリスチャンは歴史意識を持たなければなりません。自分の行動が子供たちや後輩達にどんな影響を及ぼすかを考えなければなりません。私たちが歴史意識を持って信仰によって生きることによって私たちの後輩達や子供達に信仰の遺産を残すことができるように祈ります。

?.歴史教育の重要性(4-24)

ヨシュアはイスラエルの人々の中から、部族ごとにひとりずつ、あらかじめ用意しておいた十二人の者を召し出しました。そして、彼らにヨルダン川の真中の、主の箱の前に渡って行って、イスラエルの子らの部族の数に合うように、各自、石一つずつを背負って来るように言いました。その理由は何でしょうか。6、7節をご覧ください。「それがあなたがたの間で、しるしとなるためである。後になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石はあなたがたにとってどういうものなのですか。』と聞いたなら、あなたがたは彼らに言わなければならない。『ヨルダン川の水は、主の契約の箱の前でせきとめられた。箱がヨルダン川を渡るとき、ヨルダン川の水がせきとめられた。これらの石は永久にイスラエル人の記念なのだ。』」ヨシュアは、ヨルダン川の奇蹟が、ただ、それを経験した人たちの印象として残るだけでなく、後の人たちにとっても、神様が生きて働いておられる証拠として、信仰生活の励ましになるように、十二の石を取って来させました。彼らが取って来た石はヨルダン川の中に転がっていた石に過ぎませんでした。しかし、その石に意味付けるとその石はただの石ではなく歴史的な石になりました。「それがあなたがたの間で、しるしとなるためである。」この石は神様の力と愛を表すしるしであり、神様が彼らとともにおられるというインマヌエルのしるしであり、神様がともにおられるので勝利することができるという勝利のしるしです。イスラエル人はその石を見るたびに生きて働いておられる神様の力と愛を覚えて励ましになったでしょう。

それだけではなくその石は子孫達に永久に記念となります。神様は子供たちに歴史教育をするようになさいました。霊的な指導者は、自分の世代のことだけでなく、後の世代のことについても考えなければなりません。8、9節でイスラエルの人々は、ヨシュアが命じたとおりに、イスラエルの子らの部族の数に合うように、ヨルダン川の真中から十二の石を取り、それを宿営地に運び、そこに据えました。

10-18節では主の契約の箱をかつぐ祭司たちの牧者として姿が描かれています。祭司たちは最初にヨルダン川の中に入り、ヨルダン川の真中に立っていました。その間に民は急いで渡りました。民がすべて渡り終わったとき、主の契約の箱をかつぐ祭司たちが渡りました。祭司たちは神様がヨルダン川の中に入るように命じられた時、溺れて死ぬことを覚悟して信仰によって入りました。また、すべての民が渡り終って、神様が上がって来るように言われるまで主の契約の箱をかついで川の真中に立っていました。彼らが、ヨルダン川の真中から上がって来て、彼らの足の裏が、かわいた地に上がったとき、ヨルダン川の水はもとの所に返って、以前のように、その岸いっぱいになりました(18)。これは祭司たちが祈りと御言葉を宣べ伝えることに励む限り、世の罪に流されることがないことを意味します。私たちはこの時代、王である祭司として召されました。ですから、私達が担うべき使命も罪悪の水があふれているこの世で祈りと御言葉によって忠実に民に仕えることです。そのようにするとき、罪悪の勢力は退き、羊たちは安心して罪悪の川を渡ることができます。

ところが、祭司たちは主の契約の箱をかついでいることはかなりきついことだったでしょう。200万人を超える民や家畜が渡るのには相当な時間がかかったと思います。その間、祭司たちは主の契約の箱をかついで川の真中にずっと立っていなければなりませんでした。それはかなりハードなことだったでしょう。また、いつ水がもとの所に返って来るかわからないのでどれほど恐ろしかったのでしょうか。しかし、彼らは途中諦めませんでした。最後まで信仰によって堅く立っていました。彼らは民の牧者として民の先頭に立って行きました。そして、民が安全に約束の地に入るように見守りました。民はヨルダン川を渡り終えると、祭司たちが川岸から上がって来るのを待っていました。そして、祭司たちがまず隊の先頭に立ち、ルベン人、ガド人、マナセの半部族がその後に従いました。

19-24節はイスラエルの民が第一の月の十日にヨルダン川から上がって、エリコの東の境にあるギルガルにヨルダン川から取って来た十二の石を立てて、繰り返して歴史教育をさせる場面です。後になって、彼らの子どもたちがその父たちに、「これらの石はどういうものなのですか。」と聞いたなら、主が葦の海になさったのと同じく、ヨルダン川をからしてくださって渡らせてくださったと教えるようにしました。24節をご覧ください。「それは、地のすべての民が、主の御手の強いことを知り、あなたがたがいつも、あなたがたの神、主を恐れるためである。」ここに十二の石を立てた目的が書いてあります。それは全地の民が主の御手の強いことを知るためです。また、イスラエル人自身が主を恐れるようになるためです。

以上から私たちはイスラエル人がヨルダン川を渡り終えた後に神様は彼らに徹底して歴史教育をなさったことを学ぶことができます。その教育の内容は神様がなさった力ある御業を教える信仰教育でした。すなわち、神様はイスラエル人に彼らの子供たちに歴史教育をさせるとともに信仰教育をさせるようになさったのです。ここで私たちは私たちの子供たちに歴史教育と信仰教育をさせることが大切なことであることを学ぶことができます。

歴史上子供たちに歴史教育と信仰教育を一番よくさせた民族はイスラエル民族だそうです。彼らがそのように歴史教育や信仰教育に励んだのは、神様がそうするように命じられたからです。20世紀の最大の歴史家であり、文明批評家であるトインビーはイスラエル民族の歴史は世界史において一つの奇蹟だと言いました。歴史上イスラエル民族より多くの試練と迫害を受けた民族はありません。世界第二次大戦の間ユダヤ人は千六百万人の中で六百万人が殺されました。また、彼らほど長い年月の間試練を受けた民族はありません。紀元70年に国を失ってから1948年に再び国を立てる時まで彼らは世界に散らされてあらゆる蔑視と迫害を受けました。このような悲惨な運命と歴史的な悲劇にも関わらずイスラエル民族は存続しながら子供たちを立派に育てて世界に影響を及ぼす多くの人物を排出しました。全世界に散らされているユダヤ人は千五百万人くらいです。それは世界人口の0.3%しかなりません。しかし、全世界300人のノーベル賞受賞者の中でユダヤ人出身が93名で約三分の一になります。ユダヤ人はある一つの分野だけが優れているのではなく政治、経済、医学、法学、物理学、化学、文学、美術、音楽、映画などあらゆる分野において多くの優れた人材を排出しました。アメリカの70万人の弁護士の中で20%である14万人がユダヤ人であり、400人の金持ちの中で23%がユダヤ人だそうです。アメリカ大学教授の中で30%がユダヤ人であり、ハーバード大学やUCLAの医学や法学部教授達の中で50%がユダヤ人だそうです。

彼らの優秀性はいったいどこから来るのでしょうか。生まれながら頭がいいからでしょうか。多くの学者達が研究した結果一致した意見は、ユダヤ人は天才として生まれるのではなく教育によって優秀な民族になることがわかりました。ある歴史家はイスラエル民族には他の民族が真似できない二つの情熱を持っていると言いました。彼はその情熱を二つの車輪にたとえました。一方の車輪は教育であり、他方の車輪は信仰です。すなわち、教育に対する情熱と信仰に対する情熱がイスラエル民族の歴史を作っているということです。ある教育学者は教育が効果的になるためには教育を受ける機会がなければならないし、象徴的な道具をよく活用しなければならないし、一貫性を持って繰り返して教えなければならないと言いました。今日の御言葉を見ると、この三つの要素が全部あります。もし、イスラエル人がヨルダン川を渡った後、歴史教育をしなかったならヨルダン川を渡ったことが当時の人々には大きな印象として残っていたとしても、子孫達にはその意味がよく伝わらなかったはずです。しかし、神様はヨルダン川を渡ったことを記念するようにし、彼らに歴史教育をさせました。

神様が事件を歴史教育の資料とされたことは聖書の所々に出ています。出エジプト記12章を見ると、イスラエル人が出エジプトする前にあった過越の食事も子供たちにその歴史的な意味を教えるように命じられました。イスラエル人は祭りを子供たちを教育する大切な時間として使います。過越の祭りになると夜中に親は子供たちを起こします。すると子供たちは目をこすりながら聞きます。「パパ。どうして夜中に起こすの。」すると、お父さんは答えます。「昔私たちの先祖はエジプトで奴隷生活をしていたが、神様の大いなる力によってエジプトから解放されるようになったのだ。その時、夜中に腰に帯を引き締め、急いで過越の食事をしたのだ。それで私たちもそれを記念するために夜中に起きて過越の食事をするようになったのだ。」このようにイスラエル人は祭りをただ楽しむだけではなく、歴史教育と信仰教育をする機会として使いました。

神様はヨルダン川の水をせきとめられた事件を子供たちに教育させる機会とされただけではなく、石で記念碑を建ててそれを子供たちの教育のために使うようにされました。私たちは子供たちを教育する時に言葉だけでなく、視聴覚教材を使うことによって教育の効果をもたらすことができます。歴史教育も座って学ぶより歴史の現場に行って学ぶことがもっと効果があります。長崎には殉教者の丘があります。そこには秀吉の時代に処刑された宣教師や信徒26人の銅像があります。その銅像の中には子供も何人か含まれています。彼らは一人一人表情が違いますが、みな天に向けて祈るような姿をしています。私は何年前か長崎に行った時、その銅像を見て非常に感動を受けました。この国に私と同じくイエス・キリストを信じる人々がいたこと、それも自分の信仰を守り通すために殉教の死を成し遂げた人々がいたことは私に大きな励ましになりました。

神様がイスラエル人に歴史教育をさせた内容は一般の歴史教育ではなく神様がなさったことを教える信仰教育でした。タルムードにはこのようなことが書いてあります。「愚かな人は子供に財産を残し、教養のある人は子供に知識を残し、知恵ある人は子供に信仰を残す。」親が子供にいくら多く助けることができるとしても永遠に助けることはできません。また、必ずしも親が思う通りに子供は育ててくれません。子供が人生の中で試練に会った時、もし親から信仰を受け継いだ子供ならその試練を乗り越えることができるでしょう。子供に信仰の遺産を残す親は知恵ある親です。

歴史上神様に用いられた偉大な人々の背後には彼らを信仰によって養育した立派な信仰の親、特に信仰の母がいることを忘れてはなりません。アウグスチヌスの背後には30年間涙を持って祈った敬虔なクリスチャンであった母モニカがいました。リンカンの背後にもリンカンが子供の時にひざの上に座らせて聖書を読んであげた母がいました。リンカンの母は遺言としてリンカンにこう言いました。「愛する息子よ。お前はいつも聖書を読み、聖書の御言葉に従って生きる者となりなさい。また、神様を愛し、隣人を愛する人となりなさい。これが私の最後の頼みだ。」後にリンカンは次のように言いました。「私の今日、私の希望、このすべてのものは天使のような私の母からもらったものです。母の祈りによって私は今の私になりました。」

今日私たちが住んでいる世界は神様なしの政治、経済、教育、芸術、文化が盛んになっています。学校は神様を否認する教育をしています。アメリカの有名な実業家であり作家であるローザ・ボプスンは「私たちの子供たちは25年前の私たちよりも千倍も多い誘惑を受けている。」と言いました。私たちが愛する子供たちを世の教育だけに任せて置くと彼らは神様を知らない人になってしまうでしょう。学校の教育だけがすべてではありません。家庭は最高の教室であり、親は最高の教師です。家庭で子供達は親の言葉一つ、行動一つを見ながらそのまま親の人格と生き方を学びます。ですから、私達は子供たちに人格を通して、生き方を通して、また、聖書を教えることを通して、子供たちのために祈ることを通して信仰教育をしなければなりません。そのようにするとき、子供たちは神様に用いられる信仰の人として成長するようになります。今年から東京UBFにも子供たちのための礼拝を計画して祈っています。安藤マリヤ牧者、姜テモテ宣教師、姜グレース宣教師たちが準備委員として立てられました。主に感謝します。私たちの子供達が21世紀日本と世界によい影響を及ぼす立派な信仰の人として成長することができるように祈ります。

24節をご覧ください。「それは、地のすべての民が、主の御手の強いことを知り、あなたがたがいつも、あなたがたの神、主を恐れるためである。」神様がイスラエル人に歴史教育をさせる目的は、彼らが永遠に主を恐れるためです。神様を恐れるように教えることがなぜそれほど大切なことでしょうか。箴言14:26,27節は言います。「力強い信頼は主を恐れることにあり、子たちの避け所となる。主を恐れることはいのちの泉、死のわなからのがれさせる。」私たちが生きて行く中で頼っているお金、権力、知識、人などが役に立たない時があります。その時、信仰のない人は試練の中で倒れますが、神様を恐れる人は避け所があります。また、神様を恐れる人は祝福を受けます。箴言22:4 節は「謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。」と言っています。一言で神様を恐れることが勝利の人生、幸せな人生を送る秘訣です。私たちが後輩達や子供たちに歴史教育と信仰教育をすることに励むことができるように祈ります。