2010年祈りシリーズ第1講(190)
一つの町のための、一人の祈り
御言葉:創世記18:1−33(3,4,27,30,31,32),19:1−29(2,18,19,20)
要 節:創世記18:32
1.主はいつ、どこでアブラハムに現れましたか(18:1)。主が現れた目的は何でしょうか(21)。主はどのようにしてアブラハムの天幕をお通りになったのでしょうか(3-5)。アブラハムはなぜ、主が休んでから旅を続けられるように、お願いしたのでしょうか。
2.主は、ソドムとゴモラについて、何を知ろうとされましたか(20,21)。「ソドムとゴモラの叫び」とは、具体的には何でしょうか。
3.アブラハムが、ソドムの赦しのために、最初に言い出した条件は何でしょうか(23,24)。彼は、神様がその町を滅ぼしてしまわれるのなら、どんな点で不当であると、言いましたか(25)。
4.アブラハムはなぜ、「私はちりや灰にすぎない」と言ったのでしょうか(27)。そう言いながらもなぜ、主に祈ることができたのでしょうか(27)。アブラハムが祈り続けたことは何でしょうか(28,29)。神様は、彼の祈りに対して、どのように答えてくださいましたか(26-29)。
5.その後も、アブラハムは何のために祈り続けましたか(30-32)。彼がこのように正しい者十人まで減らしながら、主に祈り続ける理由は何でしょうか。このように祈り続けた根拠は何ですか(25)。神様はなぜ、このような彼の祈りに、お答えになったのでしょうか(19,25)。
6.もしソドムに正しい人十人がいたら、その町はどうなったのでしょうか。そのような点から考えて見ると、「一人の祈り」と「十人の正しい人」の価値はどんなものであることが、分かりますか。
7.ところが、ソドムはどうなりましたか(19:13,24,25)。御使いたちはロトをどのように助けましたか(17)。しかしロトは生きるために、御使いたちに何をお願いしましたか(18-22)。
8.神様はなぜ、ソドムを滅ぼされる時にも、ロトを救ってくださいましたか(29)。ここで、一つの町ソドムのためのアブラハムの祭司の祈りについて、何を学ぶことができるのでしょうか。また、その祈りを聞いてくださった神様について、何を学ぶことができますか。