聖書別日ごとの糧   >>   ローマ[2023]

2023年 04月 25日 (火)

ローマ人への手紙 7:1-13(6)
新しい御霊によって

イエス・キリストを信じる信仰によって、義となされたにもかかわらず、旧約時代のように律法(戒め)に従って生きる人々がいます。このような人は、信仰生活に喜びがなく、自発性もなく、依存的であり、弱くて神様に喜ばれる実も結ぶことが出来ません。律法は、要求はするけれど、その要求に応えるための力は与えてくれないからです。私達信者は、これ以上律法的な生き方をしてはいけません。これは私たちが、律法に対して死んだからです。私達は過去、律法氏と結婚して、律法氏の要求を満足させようと励む女のようでした。その時、私たちは常に律法の要求にこたえることが出来ず、罪に定められるようになりました。律法氏に仕える生活は、私達を疲れさせ、反発心を持たせ、死の実を結ばせました。しかし、女は、夫が死ぬと、夫から解放され、自由になります。神様は、私たちをキリストとつなぎ合わせ、キリストと共に死に、新しいいのちで生まれ変わるようにさせてくださいました。すでに死に、新しい存在として生まれたので、これ以上、律法の拘束を受けなくなりました。今では、私たちは律法から抜け出したので、律法に縛られる律法的な信仰生活をする必要がありません。新しいいのちで生まれた者は、新しい御霊によって、神様に仕えます。御霊は、私たちに豊かに供給する方です。愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制の実(ガラテヤ5:22,23)を与えて下さり、私たちが新しい心で神さまに仕えることができるように助けて下さいます。

 律法そのものは、悪いものではありません。律法があるので、私たちは罪を知ることが出来ました。今日の私たちにも、律法は聖なるものであり、正しく、良いものです。世の価値観と倫理は歪んでいますが、神様の律法は、私たちに正しい行動基準が何であるかを教えてくれます。



祈り:主よ、律法の要求に応えられなかった私を、新しい御霊によって神様に仕える者にして下さったことを感謝します。御霊が与えて下さる実と、知恵と、教えによって、恵みの中で主と人に仕えていけるように祈ります。

一言:新しい御霊で神様に仕えよう



2023年 04月 26日 (水)

ローマ人への手紙 7:14-25(25)
キリストを通して

私たちの肉は、あらゆる感情と考えを生み出します。敗北感、嫉妬心、貪欲、欲望、怒り、劣等感、非難、傲慢…と、果てしないです。私たちがこの肉体のうちに住んでいる限り、肉は私たちを堕落と罪の生活に向かわせようとします。15‐20節は、使徒パウロの肉との戦いについて記しています。この箇所には、「私」と「自分」が何回も繰り返し出てきます。肉との戦いにおける使徒パウロのもがきは、「私」「自分」に注目した時に、激しくなります。主イエスから目を離し、自分の姿、自分の思い、自分の努力や成果ばかりを見つめるなら、肉はますます活発に自己主張するようになり、私たちの信仰と霊を妨げてきます。そして、私たちは苛立ち、不安になり、敗北感に満ちるようになります。

パウロは、この肉とのみじめな戦いに対して、「…だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」(24)と叫びました。しかし、彼はすぐに答えを見出します。「私たちの主イエス・キリストを通して、神に感謝します。」(25)と神さまとイエス・キリストを仰ぎ見ました。パウロの嘆きと絶望は、感謝と賛美に変わりました。キリストを仰ぎ見ない霊的な目は、絶望と闇に私たちを陥らせます。私たちは、罪人である自分の姿に対して無力になり、絶望することで終わらせてはいけません。キリストを仰ぎ見なければなりません。



祈り:主よ、私は、自分のみじめな姿を見て絶望したりあきらめたりしません。主イエス・キリストを仰ぎ見ます。私がイエス様から目を離さないように助けて下さい。

一言:キリストを仰ぎ見よう


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