聖書別日ごとの糧   >>   創世記[2015]

2015年 01月 06日 (火)

創世記2:1-7
安息日を創設された神様

Ⅰ.安息日を聖であるとされた神様(1-3)
 神様は、六日の間、天地万物をお造りになり、第七日目には休まれました。そして、その日を祝福し、聖であるとされました。安息日は、ほかの人は違って、聖なる日です。安息日には、世のわざを休み、神様に礼拝をささげ、聖徒たちと聖い交わりをする日でなければなりません。そのような時に、私たちの人生に神様の安息があります。今日の人々には、本当の安らぎがないのは、欲望のために、安息日にも働こうとするからであり、休みだからと言って、肉体だけ休もうとし、神様との交わりを通じての、たましいの休みがないからです。
Ⅱ.いのちの息を吹き込まれた神様(4-7)
 地には雨も降らず、野には、草木もなかった時、神様は人を造られました。神様は、土地のちりで人を形造りました。そして神様は、その鼻にいのちの息を吹き込まれたことで、人は、「生きもの」となりました。「生きもの」とは、生きている存在、あるいは、たましいを持った存在という意味です。それで、人は、肉体的には、土のかたまりに過ぎません。しかし、人が本当の人であるのは、神様がその人にたましいをくださったから、です。人は肉体を持ったために、パンを食べなければなりません。しかし、人には、たましいがあるために、神様の御言葉が必要です(マタ4:4)。神様の御言葉なしには、人に本当の満足がありません。神様が人をそのようにお造りになりました。

祈り:主よ!肉体的な満足を通しては、本当の満足がないことを知っています。安息日に、主と交わりと持つことで、本当の満足を施してください。

一言:人には、たましいがある



2015年 01月 07日 (水)

創世記2:8-17
エデンの園を設けられた神様

 エデンの園には、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木が生えていました。四つの川がエデンから出ていて、園を潤し、また、金、真珠、しまめのうのような宝石がありました。園の中央には、永遠のいのちを得させる、「いのちの木」もありました(9)。神様は、人をそこにおいて、治め、管理する使命をくださいました。園のどの木からも思いのまま取って食べることのできる、無限の自由をくださいました。しかし、ただ一つ、善悪の知識の木からは、絶対に取って食べてはならない、と仰せられました。この命令は、人間に与えられた絶対的な人生の座標であり、創造主神様と被造物である人間の間に存在する霊的な秩序を想起させる命令です。人は、いくら物が豊かな環境の中にいても、神様との秩序を守らなければ、幸福を守ることができません。私たちの心に、神様の絶対的な御言葉を抱いて、神様との秩序を守ることこそが、エデンの幸福を取り戻す道です。
 今日、多くの人々が、自由を求めて神様から離れて行こうとします。しかし、神様から離れて行ったからと言って本当の自由があるのではありません。最初は解放感があるだけですが、後にはむなしさが残り、自由を感じることができず、尊いいのちを失ってしまいます。しかし、まことのぶどうの木であるイエス様にとどまる人は、多くの実を結ぶ人生を生きるようになります(ヨハネ15:4,5)。イエス様にとどまる生活をするなら、本当の自由を得、満足を得ることができます。

祈り:主よ!神様を恐れ敬い、御言葉に聞き従う生活に、エデンの幸福があることを知りました。聖なる御言葉に聞き従うように、助けてください。

一言:絶対的な命令



2015年 01月 08日 (木)

創世記2:18-25
結婚の起源

 アダムには、神様がお造りになった獣、鳥、魚などに名前をつける使命が与えられていました。人が、生き物につける名は、すべて、その名前となりました。そのようにして、人が全ての生き物をに名前をつけましたが、人にはふさわしい助け手が、見当たりませんでした。
 神様は、アダムが一人で神様が与えられた使命を担うのをご覧になりました。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」(18)。
 そこで神様は、深い眠りをその人に下されたので、その人は眠りました。眠っている間に、神様は彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれました。こうして神様は、人から取ったあばら骨を、ひとりの女に造り、その女を人のところに連れて来られました。アダムが女を見た時、言いました。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」(23)。神様は、アダムが使命を担うのに必要な助け手として、ふさわしい人を遣わしてくださいました。
女の使命は男を助けることにあります。これは、神様がお立てになった秩序です。しかし、助ける人が助けられる人より、さらに優れていなければならないことも、忘れてはいけません。神様の主権によって、結ばれた男女は一体となるのです。「それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」(マタイ19:6)

祈り:主よ!この国に、神様によって結び合わされた信仰の家庭、ハウスチャーチが多く建てられますように。夫婦がお互いに愛し、尊敬しあい、心を一つにして、与えられた使命を担うように、助けてください。

一言:ふさわしい助け手、幸せな家庭


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