聖書別日ごとの糧   >>   イザヤ書[2022]

2022年 12月 05日 (月)

イザヤ書 63:1-64:12(64:8)
あなたは私たちの陶器師です

63:18が63章の背景です。私たちの敵が、主の聖所を踏みつけました。主の聖所とは、イスラエルの最後の砦です。したがって、聖所が踏みつけられたということは、すでにイスラエルが滅ぼされた状態であるということです。主の臨在の象徴である聖所が踏みつけられたこととは、主が彼らから離れてしまったことを意味します。滅びたイスラエルの民は、死んだり、捕虜となったりしました。彼らは、主に支配されたことも、主の御名で呼ばれたこともない者のようになりました(19)。63章はこのことによる嘆きです。彼らは主を探し求めます。「主は、どこにおられるのか。」(11,13,15)彼らはどうしてこのようになってしまったのでしょうか。そんな彼らから、主はなぜ御顔を隠されるのでしょうか(17,64:7)。それは、彼らが昔から罪を犯し続けていたからでした(64:5-7)。イスラエルは、霊的にも、すべてにおいても絶望的な状態でした。では、主は彼らを本当にあきらめてしまわれたのでしょうか。

「今、主よ、あなたは私たちの父です」(64:8)と告白しています。そして、「私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。」と告白しています。父はどんな場合でも子を諦めたりすることはしません。子が立派に成長してほしくて、時には鞭を用い、時には慰め、時にはプレゼントをあげたりして、子を育てます。特に、陶器師は土をもって良い器を造ろうとします。焼いてみて、望んだ形ではない器は、惜しまずに捨ててしまいます。それは、より良い器を造るために必要なことです。良い器のために、捨てる時には徹底的に捨てること、それこそが、主の深い愛です。主は彼らがより良い器、より水準の高い祭司長の国、聖なる国民となるように、造っておられます。



祈り:主よ、罪と悪によって滅びるべき器だった私を、父の愛で訓練してくださり感謝します。良い器として造ってくださっていることを信じます。

一言:主は私の陶器師


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