聖書別日ごとの糧   >>   マルコ[2016]

2016年 01月 31日 (日)

マルコ6:1-13
十二弟子を遣わし始めたイエス様

1.尊敬されなかったイエス様(1-6)
 弟子たちと共に郷里に行かれたイエス様は、安息日に会堂で御言葉を教えられました。イエス様の御言葉を聞いて、多くの人々がその知恵と権威に驚きました(2)。しかし、彼らはすぐに、イエス様の人間条件を考えて、つまずきました(3)。それによって、イエス様は少数の病人をいやされただけで、そこでは、何の力あるわざも行なうことができませんでした。
 彼らがイエス様によってつまずいたのは、不信仰のためでした(6)。不信仰は霊的な目を見えなくします。イエス様は、ご自分を疑ってつまづいた人々には、力あるわざを行なわれません。
2.弟子たちを遣わし始めたイエス様(7-13)
 イエス様は弟子たちを二人づつ組を作って遣わし始め、彼らに汚れた霊を追い出す権威をお与えになりました。そして、彼らに「何も持って言ってはいけない」と言われました。それは、弟子たちが福音を宣べ伝えることにだけ専念させるためであり、また、全てのものを備えてくださる神様にだけ頼らせるためでした。弟子たちが、この御言葉に聞き従うことは容易なことではありませんでした。しかし、弟子たちはイエス様の命令に聞き従い、大胆に悔い改めの福音を宣べ伝えました。その時、弟子たちは汚れた霊を追い出して、病人を癒すことができました。イエス様の郷里の人たちとは違い、弟子たちはイエス様を信じて、御言葉に従ったので、イエス様は彼らを通して、力あるわざを行なうことができました。

祈り:主よ!私が主の命令に従って、ただ神様だけを信じて、大胆に福音を宣べ伝えることがきるように、助けてください。

一言:神様にだけ、頼ろう



2016年 02月 01日 (月)

マルコ6:14-29
バプテスマのヨハネの殉教

1.悔い改めないヘロデ(14-29)
 弟子たちの伝道旅行によって、イエス様の御名が現れるようになりました。人々はイエス様のことを、エリヤや、昔の預言者の中の一人だと考えていました。かと言えば、ヘロデは、「私の首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ。」と恐れていました。バプテスマのヨハネは、ヘロデがその兄弟ピリポの妻をめとったことを、咎めました。しかし、ヘロデは悔い改めるどころか、ヘロデヤの策にはまり、自分の誕生日に、ヨハネの首をはねて、ヘロデヤの娘にほうびとして与えました(27)。悔い改めるべき時に、悔い改めなかった彼は、結局正しい人、バプテスマのヨハネを殺す、更に大きな罪を犯すようになりました。そして、罪意識のために、恐れに陥りました。誰でも悔い改めなければ、罪の支配を受けるようになります。
2.バプテスマのヨハネの死の意味(20)
 バプテスマのヨハネは正しい聖なる人でした(20)。彼は神様の御前で生きました。彼は、神様の他には、誰をも恐れませんでした。彼はヘロデの罪を責めて、ヘロデの憎しみを買い、殺されました。しかし、彼の死は決して無駄な死ではありませんでした。彼は、不義の時代で、正しく生きて死にました。彼は、決して罪と妥協せず、神様の義を宣布しました。イエス様は、このような彼を、女が産んだ者の中で、最も偉大な者として評価されました(ルカ7:28)。彼の人生は、今も神様の救いの御業で、美しい香りを放っています。

祈り:主よ!私が罪を犯す時ごとに、悔い改め、バプテスマのヨハネのように、いつも正しく生きるように、助けてください。

一言:正しい聖なる人



2016年 02月 02日 (火)

マルコ6:30-44
あの人たちに何か食べる物を上げなさい

1.群衆を深くあわれまれたイエス様(30-34)
 伝道旅行から戻って来た使徒たちは、自分たちのしたこと、教えたことを残らずイエス様に報告しました。イエス様は、彼らがひどく疲れていることを知り、「寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」と言われました。それで、弟子たちは舟に乗って、湖の向こう岸まで渡って行きました。ところが、これを見た群衆が徒歩で駆けつけ、使徒たちより先に着いてしまいました。弟子たちは、休む暇も与えない彼らがわずらしいと思ったようです。しかし、イエス様は、彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深く憐れまれました。そして、いろいろと神様の御言葉を教え始められました。イエス様は、羊飼いのいない彼らを深く憐れみ、彼らの牧者になるために、労苦を担いました。また、彼らに最も必要なものが神様の御言葉であることを、知っておられました。
2.五千名を食べさせられたイエス様(35-44)
 イエス様が群衆に御言葉を教えられた時、夕方になっていました。場所も、へんぴな所でした。弟子たちはイエス様に、「みんなを解散させて、何か食べる物をめいめいで買うようにしてください」と言いました(36)。しかし、イエス様は言われました。「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」(37)。イエス様は、弟子たちが群衆の牧者になることを、願われました。しかし、弟子たちは、「お金がないからできない」と答えました。イエス様は、彼らにある、五つのパンと二匹の魚で、五千人の群衆を食べさせました。これを通して、イエス様は、牧者の心情とイエス様を信じる信仰さえあれば、多くの群衆を食べさせる大きな御業が行なえることを、見せてくださいました。

祈り:主よ!私にも、学生たちに向けられた牧者の心情が与えられるように、助けてください。

一言:あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい



2016年 02月 03日 (水)

マルコ6:45-56
しっかりしなさい、恐れることはない

1.祈るために、山に行かれたイエス様(45,46)
 五千人を食べさせられた後、イエス様は弟子たちを強いて舟に乗りこませ、ベツサイダに行かせました。そして群衆に別れ、祈るために、山のほうに向かわれました。イエス様は大きな御業を成し遂げられた後には、いつでも静かな所に行かれ、祈られました。祈りを通して、神様と深い交わりを持たれました。
 仕事を多くしたり、大きなことをした時には、心が高ぶってしまいがちです。また、疲れてしまい、多くの誘惑を受けてしまいます。多くの仕事をし、また、大きなことをした時だからこそ、祈りに励まなければなりません。
2.しっかりしなさい、恐れるな(47-56)
 弟子たちが乗った舟が真中に出た時でした。突然、ひどい風が吹いて来て、舟が揺れ動き始めました。弟子たちは、一生懸命に櫓を漕いでいましたが、徒労に終わってしまいました。その時、祈るために山に向かわれたイエス様が、海の上を歩いて、彼らのところに来られました。弟子たちは、幽霊を見ているのだと思い、驚きました。イエス様はこのような彼らに言われました。「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と慰めてくださいました(50)。イエス様が舟に乗ると、風はおさまりました。
 では、少し前に、五つのパンと二匹の魚の奇蹟を体験した弟子たちは、なぜ恐れに捕らわれたのでしょうか。それは、彼らがパンのことから悟るところがなく、その心が堅く閉じていたからです(52)。彼らは、五つのパンと二匹の魚で、五千人を食べさせたイエス様を体験したにも関わらず、実際の出来事の前で、イエス様を全く仰ぎ見ませんでした。

祈り:主よ!私が問題にぶつかった時、いつも全能なるイエス様を仰ぎ見ることで、安らかな人生を生きるように、助けてください。

一言:イエス様を信じて、安心しなさい


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