聖書別日ごとの糧   >>   ヨハネ[2012]

2012年 04月 30日 (月)

ヨハネ5:1-15
三十八年もの間病気にかかっていた人を

「イエスは彼に言われた。『起きて、床を取り上げて歩きなさい。』」(8)
 エルサレムの羊の門の近くに、ベテスダと呼ばれる池がありました。その回廊の中に大ぜいの病人が伏せっていて、池の水が動かされるのを待っていました。それは、時々天の御使いが降りて来て、水を動かしますが、その水の中に一番最初に入った者はどんな病気であっても、癒されるからです。そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいました。イエス様は彼が伏せっているのを見て、それがもう長い間のことなのを知っていました。イエス様は彼に尋ねられました。「よくなりたいか。」(6)。イエス様は彼を憐れまれ、彼に生ける望みを植えられました。するとその病人は、治りたいという切なる願いよりも、他の人に対する不平不満をもらしました(7)。彼は他の人に対する依存心によって、肉体だけではなく、霊的にも深い病を負っていました。彼は依存心と敗北感の鎖に縛られ、何もすることのできない死んだも同然の人でした。イエス様はこのような彼に命じられました。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」(8)。彼が主の御声を聞いた時、彼は起きて、依存心と運命主義の床を取り上げて歩いて行きました。ベテスダの池のほとりは、今日私たちが住んでいる世の中の縮図とも言えます。多くの人々が、神様から頂いた尊い能力と才能があるにも関わらず、依存心によって病み、不満だけもらし、無気力の中に横たわっています。熾烈な競争社会の中で、運命主義と敗北感に捕らわれ、何もできずに、そのまま横になっています。彼らを生かすのは、主のいのちの御言葉だけです。主は命じられます。「起きて、歩きなさい。」

祈り:主よ!依存心と運命主義によって横になっていた私に、いのちの御声をかけてくださり感謝します。私が信仰によって床を取り上げて、起き上がります。

一言:起きて、歩きなさい



2012年 05月 01日 (火)

ヨハネ5:16-30
聞く者は生きる

Ⅰ.わたしの父は今に至るまで働いておられます(16-18)
 イエス様は、安息日に病人を癒されたという理由で、ユダヤ人たちから迫害を受けるようになりました。イエス様は、ユダヤ人たちに、なぜ安息日にも働くのか、その理由を話されました。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですからわたしも働いているのです。」(17)。イエス様は、ご自分が行なわれることに対する、はっきりとした哲学と志がありました。神様は、人々が堕落した後、少しも休まれることなく、熱心に救いの御業を成して来られました。それでイエス様は安息日にも休むことなく、いのちを生かすことを行なわれたのです。いのちを生かす御業はいつでも休むことができません。安息日に、さらに熱心にいのちを生かすことを行なわなければなりません。
Ⅱ.神の子の声を聞く者(19-30)
 イエス様は、自分から働かれるのではなく、父親が行なうのを見て、行なわれました(19)。神様が死んだ者を起こし生かされるように、イエス様もご自分が願われる人を生かす権威を持っておられます(21)。イエス様は最後のさばきの権威を持っておられる方です。神様はイエス様に、全てのさばきの権威をお与えになりました(22)。それでイエス様の言葉を聞き、神様を信じる者は永遠のいのちを受け、さばきに至ることはありません。聞いて信じる者はすでに死からいのちに移されているからです。どんな罪によって死んだ者でも、神様の御子の声を聞いて従う者は、誰でも生きることができます(25)。イエス様の御声を聞くことと、聞かないのでは、永遠のいのちか、永遠のさばきかに分かれる大変重要な問題です。

祈り:主よ!私が主の御声をよく聞き、永遠のいのちを得ることができるように助けてください。私がいのちを生かす御業にもっと熱心になります。

一言:いのちを生かす神様の御声



2012年 05月 02日 (水)

ヨハネ5:31-47
イエス様についての証言

Ⅰ.イエス様についてのいくつかの証言(31-40)
 イエス様は神様の御子として、神様から遣わされました。それについての証言は真実であり、明らかなものです。イエス様は、ご自分について四つの真実な証言を話されました。
 第一に、バプテスマのヨハネの証言です(33-35)。ヨハネは燃えて輝くともしびとして、イエス様を真の光りであり、真理として証言しました。
 第二に、イエス様が行なっている御業がイエス様を証言しています(36)。イエス様が行なわれる御業そのものは、イエス様が神様から遣わされた方であることを現わす、確かな証拠になります。
 第三に、父なる神様が証言しておられます(37,38)。イエス様がバプテスマを受けられた時、神様は、イエス様を愛する子と、認められました。
 第四に、聖書がイエス様を証ししています(39)。旧約聖書が一貫して証言しているものは、まさにイエス・キリストです。
 イエス様が神様の御子であると証言しているものは四つあり、だれも否定することのできない、確かなことです。
Ⅱ.イエス様を信じない理由(41-47)
 それでも、人々がイエス様を信じない理由は何でしょうか。それは、人々が神様を愛していないからです(42)。また、神様の栄光を求めることより、自分の栄光を求めているからであり、彼らがモーセの書、すなわち聖書を信じることができないからです。イエス様を神様の御子として信じないのは知識の問題ではなく、信仰の問題です。それで神様を愛し、謙遜に御言葉を受け入れる者は、永遠のいのちを受けます。

祈り:主よ!あなたは神様の御子であることを、私は確かに信じます。

一言:イエス様についての証言は、最も確かなもの


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