聖書別日ごとの糧   >>   ヘブル[2022]

2022年 05月 09日 (月)

ヘブル人への手紙7:1-28(25)
私たちのためにとりなしておられるイエス様

 メルキゼデクはサレムの王であり、いと高き神様の祭司です。レビ系統の祭司とは違い、メルキゼデクは祭司でありながら、同時に王でした。メルキゼデクの例に倣い、大祭司になったイエス様は祭司として、私たちのために仲介者の役割を担ってくださるだけではなく、王として私たちを統治してくださいます。メルキゼデクは、戦争で勝利して戻って来たアブラハムに会って、祝福しました。それで、アブラハムはメルキゼデクに、全てのものの十分の一を捧げました。アブラハムはユダヤ人たちから、信仰の先祖として、高められる存在です。ところが、このアブラハムがメルキゼデクから祝福の祈りを受けました。これは、メルキゼデクがアブラハムより優れた存在であることを示しています。また、メルキゼデクはアブラハムの腰から誕生したレビよりも優れた存在です。それでメルキゼデクと同じような祭司になったイエス様は、レビ族の中から立てられた祭司よりも、優れた存在です。サレムの王メルキゼデクの名には、「義の王」「平和の王」という意味があります。メルキゼデクの例に倣って大祭司となられたイエス様は「義の王、平和の王」です。

 イエス様は神様が誓いを立てられた王です。「あなたは、とこしえの祭司である。」(詩110:4)。レビ系統の祭司たちは、いつかは死ぬため、いつまでも務めに留まることができません。しかしイエス様はとこしえに生きておられる方で、私たちのために、祭司の職分を永遠に担うことができます。イエス様は聖なるお方で、悪がなく、汚れが全くないお方です。民のためのいけにえを献げる前に、毎日、自分の罪のために贖いのいけにえを献げていたレビ系統の祭司とは違います。イエス様は、一度で、ご自分を贖罪のいけにえとして献げ、人類の全ての罪を贖ってくださいました。このイエス様は、とこしえに完全なる祭司にふさわしいお方です。



適用:いつも生きておられ、私のためにとりなしておられる方は

一言:とこしえの大祭司イエス様


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