2022年 08月 21日 (日)
主にあって従いなさい
子どもたちに、主にあって自分の両親に従うようにと勧めています。これは十戒に基づいた戒めです。対人関係においての大切な第一の戒めです。神様は両親を敬う人に、幸せと長寿の祝福を約束されました(申命記5:16)。ですから、私たちは両親に従うのと同時に、自分の子どもが神様に祝福されるように従順な人として育てなければなりません。親は自分の子どもを傷つけたり怒らせたりしてはいけません。一方的に無理な要求をしたり、偽善的な態度を取ったりすると、子どもを怒らせることになります。親は子どもを自分の所有物のように思ったり感情的に接したりせずに、子の人格を尊重して愛をもって育てる役目があります。親は子どもを主の教育と訓戒によって育てるように命じられています。教育とは、自ら模範を示して学ばせることです。言葉での訓戒とともに行動も伴うなら、子どもは従うようになります。
奴隷たちは主人のご機嫌取りのような、うわべだけの仕え方に陥りやすいです。主人に雇われている身でありながらも、キリストのしもべである認識を持つことが大切です。キリストに従うように主人に従うなら、恐れおののいて真心から地上の主人にも仕えるようになります。人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなければなりません。そのように良いことを行えば、奴隷であっても自由人であっても、身分に関係なくそれぞれ主からの報いを受けることができます。上に立っている主人たちは下に雇われている人に対して、自分が持っている地位を利用して、脅すような力を行使しやすいです。しかし、彼らも忘れてはいけないことがあります。万民の主人である神様が天におられ、主の前では奴隷も主人も差別なく平等に扱われているということです。
適用:両親に従っていますか
一言:敬いなさい
2022年 08月 22日 (月)
神のすべての武具を身に着けなさい
パウロは終わりに「主にあってその大能の力によって強められなさい」と大切なことを書き記しています。信じる者には強い力が必要です。なぜなら、この世にはキリストにつく者たちに対抗する悪魔の勢力があるからです。吠えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っている悪魔に立ち向かう際、人間的な能力や知恵は何の役にも立ちません。私たちの格闘は、血肉に対するものではないので、主にある大能の力によって強められなければなりません。神のすべての武具を身に着けて対抗すれば、悪魔の策略に対して堅く立つことができます。私たちクリスチャンは腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはくべきです。救いのかぶとをかぶり、御霊の剣である神様の御言葉を取るべきです。悪い者が放つ火矢をすべて消すことができるように信仰の盾を取るべきです。全身を神様からの武具をもって完全武装しなさいという意味です。御霊の剣である御言葉を取って悪魔に対抗すれば、揺れることなく堅く立つことができます。
そしてパウロは、祈りについて話しています。霊の戦いにおいて祈りの重要性を誰よりも痛感しているパウロだからこそ、切実に「あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい」とお願いしています。御霊によって祈れば、御霊から知恵と力と勇気が与えられます。私たちは自分のためだけでなく、すべての聖徒のためにもとりなしの祈りをしなければなりません。特に、福音のために働いている主のしもべのために、福音の務めを果たすことができるように祈るべきです。この時代の若者たちに福音の奥義を大胆に語れるように祈りましょう。
適用:悪魔に対抗する用意はできていますか
一言:すべての武具
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