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2024年 10月 12日 (土)

エゼキエル書29:1-21(6)
エジプトは葦の杖

 ファラオとエジプト全体に向けた裁きの預言です。神である主は、ファラオに立ち向かいます。なぜなら、ファラオは、川の中に横たわる巨獣のようで、「川は私のもの。私がこれを造った」と言ったからです。主は、彼のあごに鉤をかけ、魚と一緒に、川の中から引き上げ、荒野に投げ捨て、地の獣と空の鳥のえじきにします。その時、エジプトの住民はみな、主を知るようになります。彼らはイスラエルの家に対して、葦の杖にすぎませんでした。イスラエルがエジプトの手をつかむと、彼らの肩は砕かれ、寄りかかると折れ、腰をいためてしまいます。神である主はエジプトを剣で断ち滅ぼします。エジプトの地は荒れ果てて廃墟となり、四十年の間だれも住まなくなり、エジプト人を諸国の民の中に散らします。しかし、神である主は慈しみ深い方です。四十年の終わりには、エジプト人を集め、エジプトを回復させます。彼らはどの王国にも劣り、二度と諸国の民を支配しないように、小さくされます。イスラエルの家は、これを見て、エジプトに助けを求め、頼みとすることがどれほど愚かであるのかを悟ります。イスラエルは、主こそ真の神であることを知るようになります。

 捕囚としてエゼキエルがバビロンに連れて来られてから二十七年が過ぎた第一の月の一日、エゼキエルに主のことばがありました。バビロンの王ネブカドネツァルはツロを攻撃しますが、その軍隊は報いを得られません。それゆえ、神である主はバビロンの王にエジプトの地を与え、それが彼の軍隊への報いとなります。その日、主はイスラエルの家のために、一つの角を生えさせ、エゼキエルの口を開かせます。私たちはエジプトやバビロンのように大口を叩く者に頼りがちです。しかし、彼らは葦の杖のようで、私たちを守ってはくれません。エジプトとバビロンのような超大国を御業の道具とされる神である主こそ、私たちの角であり、力であり、私たちが頼るべきお方です。



祈り:主よ、あなたよりも人や権威に頼る心があったことを悔い改めます。救いの角、力であられる主に頼る純粋な信仰を持てるように私の心をきよめてください。

一言:一つの角を生えさせ


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