聖書別日ごとの糧   >>   出エジプト記[2012]

2012年 02月 10日 (金)

出エジプト記5:1-9
パロに立ち向かうモーセ

Ⅰ.わたしの民を行かせ(1)
 モーセはパロのところに行って、神様から受けた御言葉をそのまま伝えました。「イスラエルの神、主がこう仰せられます。『わたしの民を行かせ、荒野でわたしのために祭りをさせよ。』」(1)。パロにとってイスラエルの民は、大きな労働力になるので、決して彼らを行かせたくはありませんでした。まして、パロは当時の世界最大の最強の君主に対し、モーセは奴隷の民イスラエルを代弁するみすぼらしい指導者であり、八十歳の老人に過ぎませんでした。モーセがパロを屈伏させることは、到底不可能なことでした。しかしモーセはパロを恐れたり、委縮されたりしませんでした。彼は神様を信じ、恐れや「やっても駄目だ」という否定的な考えを克服しました。彼はパロを恐れなかったので、神様の御言葉に少しも手を加えず、そのまま伝えました。
Ⅱ.主とはいったい何者か(2-9)
 モーセのメッセージを聞いたパロの反応はどうでしたか。「主とはいったい何者か。私がその声を聞いてイスラエルを行かせなければならないというのは。」(2)。彼は主なる神様を完全に無視してしまいました。彼はわざと憎まれ口をたたき、全面的に主の命令に敵対しました。そしてむしろイスラエルの民たちがおかしな考えをしないように、厳しい規則を作り、さらに彼らを酷使しました。悪魔は強く、決して神様の民を手放そうとしません。しかし神様はそれよりも強い方です。

祈り:主よ!私が悪魔の勢力の前に驚かずに、信仰によって立ち向かい、一人のいのちを生かすことができるように、助けてください。

一言:信仰によって立ち向かおう



2012年 02月 11日 (土)

出エジプト記5:10-23
主に叫んだモーセ

Ⅰ.怨むイスラエルの人夫がしらたち(10-21)
 エジプトの監督たちはパロの命令通りに、イスラエルの民たちにわらも与えずに、「れんがを焼け」とせきたてました。そしてその日の仕事が仕上がらないと、イスラエルの人夫がしらたちを打ちました。人夫がしらたちは、悔しい思いをパロに訴えましたが、厳しい叱責だけを受けました。彼らはモーセとアロンに会うと、「あなたがたはパロやその家臣たちに私たちを憎ませ、私たちを殺すために彼らの手に剣を渡したのです。」と言って怨みました。苦しみに会うと、彼らは人のせいにして怨み、被害意識と無気力に陥りました。
Ⅱ.祈るモーセ(22,23)
 モーセは神様に呼ばれ、良いことを行なおうとしましたが、失敗しました。まして自分のせいで、同族たちがさらに大きな苦しみを受けるようになると、心はひどく痛みました。彼は落胆して、使命を放棄することもできました。感情的になり、人と争うこともできました。しかし彼は神様に出て行き、叫びました。彼は、神様から慰めと力を得ようと、しました。彼は心の苦しみを隠さずに、真実に神様に訴えました。他の人を助けることは簡単なことではありません。力を尽くして助けたのに、むしろ誤解を受け、憎まれる時があります。しかしこのような試練の時にこそ、神様のところに出て行って祈り、神様の御声を聞かなければなりません。私たちがありのまま苦しみを訴える時、神様は必ず答えてくださいます。

祈り:主よ!私が苦しみを受ける時、人と争うことより、神様に出て行って祈るしもべになるように、助けてください。

一言:叫ぶ祈り


<<(1)    前のページ(4)    5    次のページ(6)    (29)>>

聖書別日ごとの糧