聖書別日ごとの糧   >>   出エジプト記[2021]

2021年 06月 07日 (月)

出エジプト記 25:1-22(8)
わたしが住む聖所を造らせよ

 山の上で主と対面したモーセに、神様は何よりも先に、聖所を造らせよと告げられました。その理由は何でしょうか。主が彼らのただ中に住むことを願っておられるからです。神様はご自身の民たちと会見し、交わることを願っておられます。主の契約の民にとってもっとも大きな特権とは、神様がともにおられることです。主がその人とともにおられるときこそ、その人生に意味と幸せが訪れるのです。ですから聖所を造ることは、主のためであると同時に、民たち自身の幸せのためでもあるのです。イスラエルの民は、これらのことを自発的な喜びをもってやるべきです。だからこそ神様は、聖所に入れるべきすべての奉納物は、進んで献げる心のある人たちのものを受け取るように告げられたのです。最初の奉納物とは、金、銀、青銅と、様々な色の糸、布、皮と香料、そして宝石です。これらは荒野生活の民たちにとっては、なかなか手に入らないものです。彼らにとっては非常に貴重なものばかりです。しかし、イスラエル人は主がともにおられることをより大事なことだと思ったので、これらを進んで献げました。

 聖所のために備えるべきものの中で、もっとも大切なものは契約の箱です。なぜならその中には主のことばが入っていて、その上に『宥めの蓋』があるからです。神様はその『宥めの蓋』でイスラエルの罪を贖ってくださり、彼らに会ってくださいます。この契約の箱は主の示す型と全く同じように、木材と純金で造らなければなりません。



適用:主の民たちにとって、もっとも大きな祝福とは

一言:私たちのただ中に住まわれる主



2021年 06月 08日 (火)

出エジプト記 25:23-40(30,31)
机と燭台

 契約の箱を造った後は、机を作るように命じられました。この机の用途は何でしょうか。それは、臨在のパン(the bread of the Presence)を置くためのものです。このパンは、主の臨在を意味するものであり、神様は、ご自身の臨在をパンで現わすように言われました。その理由は、荒野にいる民たちであっても、パンを食べさせる方であることを知ってもらうためでした。これからも主だけが彼らを食べさせ、着させ、永遠のパンを与えてくださることができる方であることを知らなければなりません。イスラエルの民は、臨在の神様だけを信じるととき、力といのちを得ることができます。イエス様はご自分のことをこう言われました。「わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」(ヨハネ6:35)主はいのちのパンです。

 神様は燭台とすべての器具を作るように言われました。燭台は純金を槌で打って作ります。七つの枝を持つアーモンドの花の形にしたものです。それに七つのともしび皿を作って、夜には灯します。これは、道の見えない荒野でも、神様だけがその前方を照らしてくださる方であり、暗いこの世を照らすまことの光であることを表しています。「神は光であり、神には闇が全くないということです。」(ヨハネ第一1:5)。私たちが光である神様を受け入れるとき、私たちの心の闇は消え去り、曙の光が訪れます。



適用:いのちのパンであり、光である主を見上げましょう

一言:絶えずわたしの前にあるようにする


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