聖書別日ごとの糧   >>   申命記[2022]

2022年 09月 06日 (火)

申命記4:1-14(4)
主にすがって生きる

イスラエルは今、ヨルダン川の西側の地を征服するために、その境界線まで来ていました。彼らが約束の地を手にいれ、その地に入って行き、神様の祝福をいつまでも受ける秘訣は何でしょうか。それは、神様が彼らにお与えになった「おきて」と「定め」とを聞いて行なうことです。神様の御言葉に自分勝手につけ加えたり減らしたりしてはならず、心をへりくだらせて聞き従わなければなりません。以前、バアル・ペオルの出来事の時(民25章)、バアルに従って、みだらなことを行なった者は、みな死にました。しかし、誘惑を退けて主にすがった者たちは生きています。私たちは、形式的に御言葉を聞いて守ることで満足してはいけません。神様とつながり、御言葉にとどまっていなければなりません。それが、神様にすがりつくということです。サタンは絶えず私たちの心に入り込んで、私たちの心を誘惑し、神様から離れて罪を犯すようにそそのかします。それで、私たちは悪魔に対して隙を見せず(エペ4:27)、御言葉に従うことで、神様とつながる生活をしなければなりません。神様は、私たちが祈る時ごとに、私たちの近くにおられます。私たちが偉大な国民になるように、知恵と知識で満たしてくださいます。

イスラエルの民は、ホレブの山に臨まれ、御言葉をくださった神様を忘れるべきではありません。神様は、火のうちに臨まれることで、ご自分の栄光と威厳を現されました。神様の御姿はありませんが、御声で話されました。神様の栄光あるご臨在を、これほどまでに体験した民がどこにいるのでしょうか。神様の御声を直接聞いたことは、言い表すことのできない祝福であり、栄光です。神様は、その御言葉を二枚の石版に直接刻まれました。彼らは、この神様の御言葉をいのちのように考え、絶対的な姿勢で聞き従わなければなりません。御言葉を近くに置き、恐れ敬う心で守り行なわなければなりません。主の中に留まる者は、豊かな実を結ぶことができます(ヨハ15:5)。



祈り:私たちが主の中に留まり、豊かな実を結ぶことができますように。

一言:主にすがって生きる



2022年 09月 07日 (水)

申命記4:15-40(16)
自分のために偶像を造ってはならない

神様は、ホレブ山でご自分を現された時、火のうちに臨まれました。ある具体的なかたちを見せてはくださいませんでした。ここには、神様の無限性と神秘性を教えようとする意図がありました。それでどんな形の彫像をも造ってはいけませんと言われました。形作ることで、神様の属性とご品格が制限されるからです。またそれは自分のための偶像であり、その偶像を通して神様を利用するかもしれません。すると、「私をすべ治める神様」から、「私が操っている神」に転落してしまいます。私たちは、神様を自分勝手に縮小し制限することをしてはならず、神様、その方そのものを恐れ敬い、仕えることに力をいれなければなりません。神様をある形に造り、自分の欲を満たす手段として利用する時、神様はひどくお怒りになります。神様は、焼き尽くす炎、妬む神様だからです。

イスラエルの民は、他の神々と比べることのできない卓越した神様を体験して来ました。世の中のどの神も、イスラエルの神のように驚くべきしるしと奇跡を行って自分の民を救うことはできないでしょう。天から御声を聞かせ、地から大きな火のうちに現れた神はいません。大いなる力で出エジプトの御業を行ない、強大な民を追い出し、奴隷の民を約束の地に導かれた方は神様だけです。それで、主なる神様だけを信じ、仕え、神様のおしえと命令とを守り、聞き従う生活をしなければなりません。その時、祝福の地で限りない祝福を受けるようになります。



祈り:偉大な神様を、欲を満たす自分のための偶像とはしません。私が敬虔な   心を持って、神様を神様として仕えることができますように。

一言:神様のために生きよう


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