聖書別日ごとの糧   >>   エズラ記[2022]

2022年 10月 18日 (火)

エズラ記9:1-15(15)
罪過を負ってあなたの御前におります

 これらのことが終わって後、指導者たちがエズラに近づいて報告し、イスラエルの民が異邦の娘をめとり、聖なる種族がもろもろの地の民と混じり合ってしまったと言いました。しかも、指導者たち、代表者たちがこの不信の罪の張本人として、民に良くない影響を与えていたのでした。神の民である者が、異邦人と縁を結ぶことは、モーセの律法にて禁じられていたことでした(申7:1-3)。偶像崇拝と直結する非常に深刻な問題だったからです。エズラはこのことを聞いて、着物と上着を裂き、髪の毛とひげを引き抜き、茫然として座り込んでしまいました。極度の悲しみと哀哭の表現です。エズラが悲しんでいると、イスラエルの神のことばを恐れているものが集まってきて、ともに悲しみました。

 エズラは悲しんでずっと座っているだけではありませんでした。彼は、主に向かって手を伸べ広げて、祈り始めました。先祖の時代から今日まで、多くの罪過によりイスラエルの民は御怒りとさばきを受けることを覚えました。しかし、主はバビロンの捕虜生活でも民を滅ぼさず、のがれた者を残し、エルサレムに帰還させ、主の宮を建てさせ、大きな恵みを施してくださいました。にも拘らず、悪い行いを慕い求め、罪を犯し、律法を破ったとは、恩知らずな行為でした。彼らは主の御前で誇ることも、何も言うこともできない恥ずべき人たちでした。義なる神様を前にして、罪過の中で、だれも主の御前に立つことはできないとエズラは告白します。イスラエルの罪のためのエズラの悔い改めの祈りであり、ただ主のあわれみを請い求める祈りもありました。臆面もなく、また主の恵みを求めるその祈りを主は喜ばれるのです。



祈り:主に従うよりも、自分が良いと思ったことをもっと大事にしていたことを認めます。いつの間にか世の考え方や生活に埋没していたことを悔い改めます。主の者として、聖なる生活ができるように助けてください。

一言:悔い改めの祈りをささげましょう


<<(1)    前のページ(7)    8    次のページ(9)    (9)>>

聖書別日ごとの糧