聖書別日ごとの糧   >>   エステル記[2019]

2019年 11月 21日 (木)

エステル記1:1-22(20)
尊敬されるなら

 ペルシア帝国の王アハシュエロスがシュシャンの城にて、すべての首長と家臣たちのために宴会を催しました。王国の栄光の富と大いなる栄誉を示し、宴会は百八十日に及びました。この期間が終わると、王は、シュシャンの城にいたすべての民のために、七日間、王宮の園の庭で宴会を催しました。王妃ワシュティも、婦人たちのために宴会を催しました。七日目に、王はぶどう酒で心が陽気になり、宦官たちに命じ、王妃ワシュティを連れてくるように言いました。彼女の美しさを民と首長たちに見せびらかすためでした。しかし、王妃ワシュティは宦官から伝えられた王の命令を拒みました。そのため王の怒りは極みに達しました。そこで王は、命令を拒んだ王妃をどう処分するかを知恵のあるもたちに尋ねました。すると、メムカンは王妃を退位させ、他の女を王妃に立てる勅命を出すよう助言しました。もしそうしなければ、王妃のことが女たちにみなに知れ渡り、女たちは自分の夫を軽く見るようになると言いました。王は彼の意見を受け入れ、王国の隅々まで書簡を送りました。
 アハシュエロス王は、自身の力と勅命によって王妃から尊敬されようとしました。なぜ彼女が拒んだのかを知ろうとはしませんでした。酒のつまみのように呼びつけられた王妃の気持ちはどうなのか考えもしませんでした。彼は、自分は王なのだから王妃は当然尊敬するものだと考えていたのでしょう。これは世の人が尊敬を受けようと要求する仕方です。しかし、心からの尊敬は力で得られるものではありません。法令を作り変えたとしても、法令で妻の尊敬をいつまでも保てるはずがありません。ただ相手を尊敬するとき、心からの尊敬を受けます。イエス様の方法です。イエス様が自信を卑しくされ、仕える人であったので、人々はイエス様を主と尊敬しました。隣人を配慮し、仕える時、尊敬を受けるのです。


適用:人から尊敬を受けるような人になりたいでしょうか

一言:配慮し、仕える生活


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