聖書別日ごとの糧   >>   詩篇[2021]

2021年 11月 09日 (火)

詩篇77:1-20(5,6)
遠い昔の年月について考え

 詩人は患難の日を送っています。彼は主を探し、叫び、祈ります。人々の慰めを拒み、神様の慰めだけを求めます。神様に声を上げるなら、神様が耳を傾けて聞いてくださり、慰めてくださると信じたからです。詩人の信仰は、私たちが持つべき信仰です。神様は、私の叫び声に、耳を傾けてくださいます。神様は、患難の中にいる私を救って、慰めてくださいます。神様だけが、私の本当の慰めであり、救いの主です。私たちは、患難の日に、神様を探し、叫び、祈らなければなりません。

 声を上げて祈っては見たものの、状況はすぐには解決されなかったようです。その時、詩人は、過ぎ去った日々のある出来事が頭に浮かび、そのことを深く考えるようになりました。そのことを深く考えながら、詩人は恐れと不信仰に捕らわれました。自分への主の憐れみと恵みが永遠に絶たれたのではないかという思いが、絶えずあふれ出て、彼を苦しめ、暗くしました。彼は不安と恐れに陥り、心が傷つきました。眠ることができない程、つらく感じられました(3-9)。

 しかし詩人は、主が昔、自分と神様の民たちに行われた不思議な出来事を思い起こしました。神様が自分とイスラエルの民にどんなことを行なわれたのか、神様がどんな方であるのかを、考えました。神様は、その偉大な力でイスラエルをエジプトから救い出されました。神様は、地と雷と海を動かされました。主の道は、地にだけあるのではなく、海にもあることを教えてくれます。「考えた」(5)、「思い起こした」(6,11)という言葉が目に入ります。患難の日には、主の答えが遅く、主を遠くに感じやすいものです。そんな時は、これまでの自分の人生において、また聖書の信仰の先輩たちに対し主が行なわれたことを思い出し、黙想することが必要です。昔のことを考えて、昔の傷が痛み、不安と恐れにとらわれることもあるでしょう。しかし、黙想をするなら、否定できない驚くべき主の救いの御手を覚える事ができ、信仰を守り、神様の救いと慰めを待つことができるようになります。



適用:艱難の日、何が私の力となりますか

一言:主がなさってきたことを思い起こすこと


<<(1)    前のページ(76)    77    次のページ(78)    (82)>>

聖書別日ごとの糧