聖書別日ごとの糧   >>   イザヤ書[2006]

2006年 07月 18日 (火)

イザヤ書40:1-11
良い知らせを伝える者よ


Ⅰ.慰めよ、わたしの民を(1,2)

 神様は民の罪に対して彼らをバビロンの捕虜にされることで懲らしめられました(39:6,7)。しかし今その民を慰めよと言われました。神様がお与えになる慰めの内容とは何でしょうか。それは二倍のものを主の手から受けたので咎は償われ、労苦は終わったことです(2)。

 つらい生活をする人々には慰めが必要です。しかし酒や映画、人の愛情や異性の愛は本当の慰めにはなりません。私たちの罪を赦し、サタンの奴隷から解放させてくださるイエス・キリストの福音だけが本当の慰めになるのです。

Ⅱ.主の道を整えよ(3-11)

 福音の働き人は主の道を整えなければなりません。神様の御言葉と愛によって、谷のような心を埋め立て、山のような心を低くし、盛り上がった心を平地にし、険しい心を平野となるようにし、主を受け入れるように助けなければなりません。また神様の御言葉だけが永遠のものであることを教えなければなりません。

 私たちは草や野の花のような肉体と世の栄光のために生きる時、虚しい人生を味わうしかありません。しかし永遠に立つ神様の御言葉に従って生る時、悔いのない永遠の人生を生きるようになります。主は強い力を持ったさばき主として来られ、人をさばかれます(10)。しかし主を受け入れる人々を主は羊飼いのように、ふところに抱いて導いてくださいます(11)。


祈り:主よ!私が一時的なもののために生きず、永遠のもののために生きるように助けてください。この時代を慰める者となるようにしてください。

一言:慰めよ。私の民を。



2006年 07月 19日 (水)

イザヤ書40:12-31
主を待ち望む者


Ⅰ.だれがこれらを創造したかを見よ(12-26)

 イスラエルは霊的に沈みこみ、「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」(27)と不満をもらしました。神様はこのような人々に、ご自分が無限の能力の所有者であり、無限の知恵の所有者であることを言われます(12-14)。神様の目には、国々は手おけの一しずくであり、島々は細かいちりのようです(15)。

 神様は何でもできる創造主であり、全能なる方です。この世のものは何であれ神様に敵対することができません。私たちが落胆し、疲れるのは、この神様を忘れてしまうからです。私たちは弱くなる時ごとに悔い改め、この全知全能なる神様を仰ぎ見なければなりません(26)。

Ⅱ.主を待ち望む者は(27-31)

 全知全能なる神様は全ての力と能力の真のみなもとです。しかし、誰もがそんな神様の力と能力を体験できるのではありません。「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(31)。神様は、謙遜に神様に頼り、神様の助けを待ち望む(仰いで待つ)者に力をくださいます。ただ神様を待ち望む者だけが、新しく力を得て、鷲のように翼をかって上がることができます。


祈り:主よ!競争が熾烈なこの世で信仰によって生きることに疲れ、落胆する時が多くあります。私が主を待ち望むことによって、鷲のように翼をかって上るような人生を生きるようにしてください。

一言:主を待ち望む者


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