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2015年 12月 22日 (火)

イザヤ7:1-16
聖誕礼拝(1)

「そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける」(14)
1.恐れてはなりません。心を弱らせてはなりません(1-9)
 ユダは、アラムとイスラエル連合軍の進撃の知らせを聞いて、風前のともしびのような危機に処せられました。その時、神様はイザヤを通して、アハズ王に、「アラムの王レツィンとイスラエルの王ペカは、二つの木切れの煙る燃えさしに過ぎないので、恐れてはならない。心を弱らせてはならない。」と言われました。なぜなら、歴史の主管者である神様が、彼らの悪事を取り除かれるからです。神様の民は、どんな危機の時にも、神様が共におられることを信じて、恐れてはなりません。
2.インマヌエルと名づけられる(10-16)
 アハズは神様の御言葉は聞きましたが、現実を見て、恐れました。神様は、彼のために、「神様が共におられることを確認するために、しるしを求めよ。」と言われました。しかし、彼はエジプトに頼る思いから、神様の助けを拒みました。その時、神様みずからが、しるしをお与えになりました。「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」(14)。「インマヌエル」とは、「私たちと共におられる神様」という意味です。神様が、インマヌエルの預言を、アハズ王の時代にしるしとしてお与えになっただけではなく、メシヤに対する未来の預言としてくださいました。この預言は、処女マリヤからイエス様が誕生されたことで、成就されました(マタ1:23)。イエス様は、私たちと共におられる神様です。

祈り:主が肉体を着て、この地に来られたことを見て、神様が私たちと共におられることを信じます。私が恐れずに、信仰によって生きます。

一言:イエス様は私たちと共におられる神様



2015年 12月 23日 (水)

イザヤ9:1-7
みどりご

1.やみを照らす大きな光(1-5)
 イザヤの当時の民は、自分の罪によって、やみの中を歩き、死の陰に住み、苦しんでいました。彼らは深い絶望の中にいました。しかし、イザヤは、将来、来るメシヤを仰ぎ見て、望みの歌を歌いました。メシヤが来られると、はずかしめを受けていた異邦人のガリラヤは光栄を受け、やみと死の陰で、苦しんでいた人々が大きな光を見るようになります。また、サタンの圧制と罪の重荷のくびきから抜け出し、私たちから全ての苦しみが消え去り、救いの喜びで満たされるようになります。幼子イエス様はやみを照らす大きな光です。このイエス様を受け入れるなら、全てのやみと死の勢力が退かれます。
2.ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる(6-7)
 イエス様は、ひとりのみどりごの姿で、私たちのところに来られました。しかし、このみどりごは、どんな方なのでしょうか。その肩には、世を治める主権があります。その名は、「不思議」です。「不思議」とは、宇宙と万物をお造りになった創造主であり、私たち人間の理性的な理解を超越する方、という意味です。イエス様は助言者です。「助言者」とは、無限の知恵で、人々を助ける相談者という意味です。イエス様は全能なる神様です。イエス様は、みなしごのような私たち人間を繊細に顧みて、保護される永遠の父です。イエス様は、公平と正義で、人々と世を統治する平和の王です。

祈り:主よ!私の罪によって、やみと死の力で苦しみを受ける罪人を救うために、みどりごとして来られたことを感謝します。

一言:みどりご


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