聖書別日ごとの糧   >>   エゼキエル書[2007]

2007年 01月 16日 (火)

エゼキエル34:1-16
みずから羊を飼われる神様

Ⅰ.自分だけ食べる牧者たち(1-6)
 本文で、イスラエルの牧者たちは政治的な指導者と宗教指導者たちを指します。彼らは当然神様の羊の群れを顧みて、養わなければなりませんでした。しかしイスラエルの牧者たちは羊たちを顧みずに、自分の利益だけを求め、自分を肥やしていました。羊が追われ、散らされても、探そうともしませんでした。羊の群れが奪われ、野の獣のえじきになりました。それでも牧者たちは羊たちを放置し、自分の腹を満たしていました。
 羊の群れを利用して自分の有益だけ求め、自分の腹だけを満たす悪い牧者たちは神様のさばきを受けるようになります。
Ⅱ.みずから羊を飼われる神様(7-16)
 神様は、自分だけ食べるにせの牧者たちをそのままにして置かれません。彼らに立ち向かい、牧者職を剥奪し、二度と自分の欲心を満たすことのないようにされます(10)。そして神様みずからが羊の牧者になり、散らされた羊を探し回り、彼らが緑の草原に横たわり、良い草を食べるようにされます。牧者である神様は傷ついた者を包み込み、病んだ者を癒されます。
 神様がみずから羊を飼われるので、私たちには乏しいことがありません。牧者である神様は私たちを緑の草原、澄んだ水辺に導かれます。
 義と真理といのちの道に導かれます。私たちがすべきことは牧者である神様の御声をよく聞き、ついて行くことです。

祈り:主よ!神様が私の牧者になられ感謝します。生涯、主の御声を機器、主に似た良い牧者になるように助けてください。

一言:本当の牧者である神様



2007年 01月 17日 (水)

エゼキエル34:17-31
ひとりの牧者を起こす

Ⅰ.肥えた羊とやせた羊との間をさばかれる神様(17-22)
 羊の中で、自分だけ食べて他の羊は食べさせない悪い羊がいます。自分は牧場でよい草を食べて肥え、残った分を足で踏みにじりました。自分は澄んだ水を飲んで、その残りを足で濁しました。他の羊は草も食べられず、水も飲めず、やせおとろえました。自分の腹だけを満たそうとする利己的な羊も神様のさばきを受けるようになります。神様は、自分だけよくなろうとし、他人が成功するとおもしろくないと感じる羊たちを嫌われます。神様は、自分が成功するだけではなく、他の人も成功することを願われます。世界万民は神様のものです。
Ⅱ.彼らを牧するひとりの牧者を起こされる神様(23-31)
 神様はやせた羊たちの上にひとりの牧者を起こし、彼らを養わせます。その牧者はすなわち神様のしもべダビデです。これは後にダビデの子孫として来られるキリストを指します。キリストはこの地で苦痛を受ける羊たちを食べさせ、彼らの良い牧者になられます。神様は彼らの神様となり、キリストは彼らの中で王となり、悪い敵を征服し、愛と平和で治められます。キリストが治める中で、やせた羊たちは安らぎを得て実を結び豊かになります。彼らはもう外国から略奪されません。彼らはもう辱めをうけません。良い牧者イエス様の中で、私たちは何一つ不自由しません。

祈り:主よ!イエス様が私の人生を美しく回復させ、豊かにしてくださり感謝します。

一言:イエス様は私の良い牧者


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