聖書別日ごとの糧   >>   列王記Ⅱ[2004]

2004年 12月 17日 (金)

列王記第二25:8-30
エルサレムと主の宮の滅亡

Ⅰ.エルサレムの主の宮の滅亡(8-21)
 バビロンの王はゼデキヤを生け捕りにしてから一ヵ月後に、ネブザルアダンを送って、エルサレムを完全に破壊するように命じました。主の宮と王宮を焼いて、エルサレムを囲んでいた四方の城壁もみな破壊しました。祭司と侍従長たちもみな殺されました。イスラエルの民は主の宮を建てて礼拝することが神様に仕えることだと考えていました。しかし神様は形式的な礼拝を喜ばれません。神様は、外側は神様に仕えますが、内側は続けて偶像と妥協し罪を犯している彼らを徹底的にさばかれました。神様の霊がとどまらない主の宮は無用の長物です。私たちはいつも神様に、霊とまごころを持って礼拝しなければならないのです。
Ⅱ.残った者を置かれた神様(22-30)
 列王記の最後には二つのできごとが記録されています。それはユダの地に残った者を置かれたできごとと、捕囚として連れて行かれたエホヤキンを待遇するできごとです。このできごとは暗い時代の一筋の光でした。これは神様がユダに対するその愛を見せてくださるものです。また残った者を通して、ユダの歴史を回復させる望みを見せてくださるものです。
 神様はユダを打たれたのは彼らを滅亡させるためではありませんでした。愛する子どもにむちを打つことで、訓練し、立ち返らせるためでした。残った者を置かれ、彼らを通して働かれる神様は望みの神様です。

祈り:主よ!罪人を懲らしめられる中にも、望みを捨てられない主の愛に感謝します。

一言:訓練される神様の深い愛


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