2018年 11月 09日 (金)
エルサレムの宮に戻るダビデ
ダビデは自分でエルサレムの帰還を進めずに、ユダの長老たちとアマサを通して推進するようにしました。ダビデは、アブシャロムの反逆事件の後、分裂した民たちの心を一つにしようと苦労しました。その時、ユダ族の人々が心を一つにし、思いを一つにして、ダビデがエルサレムに戻ってくることに力を注いでくれました。一方、ダビデがエルサレムに戻る時、ベニヤミン族出身のシムイとツィバも、ダビデのところに訪ねて来て、彼の前にひざまずいて積極的に歓迎してくれました。シムイは、ダビデがアブシャロムを避けて逃れているとき、ひどくあざけ笑った者であり(Ⅱサム16:7)、シェバは混乱期を利用して自分の主人メフィボシェテの財産をかすめ取った者です(Ⅱサム16:3)。しかし状況が変わると、ダビデのところに訪ねて来て、へつらっています。ダビデは、このような機会主義者たちをも許し、受け入れました。民心を得て、民たちを一つにしようとする広い度量で、全ての人々を抱いたのです。指導者は個人的な悲しみと憎しみの感情を克服できなければなりません。個人的な生活よりも、国全体を顧みて、民たち全てに気を配ることが指導者たちに求められることです。イエス様も、ご自身を十字架につけた者たちまでも赦されることで、神の御国を築き上げられました(ルカ23:34)。
適用:霊的な指導者になることを願いますか
一言:私的な感情を克服し、広い心を持とう
2018年 11月 10日 (土)
ダビデを迎える忠臣たち
バルジライは八十歳の高齢にも関わらず、ダビデの帰還を助けようと出て来ました。彼はダビデがマハナイムにいた時も、物心両面でダビデを助けました。ダビデは彼を連れて行って、エルサレムで彼に恵みを施すことを願いました。しかし、バルジライはダビデ王から、少しも報酬を得たいとは思いませんでした。ただ、ダビデと共にヨルダン川を渡ることだけで、満足しました。バルジライは、ダビデが危機に直面した時や王位が回復した時に、変わることなく彼を支えました。「受けることよりも与えるほうが幸いです。」(使20:35)とあります。私たちが主の御業に仕える時、補償に縛られずに、純粋な真心と忠実さで仕えるのが望ましいです。神様の御業を任された者に求められるのは、忠実であること、です(Ⅰコリ4:2)。
適用:どんな心で主の御業に仕えますか
一言:変わることのない忠実
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