聖書別日ごとの糧   >>   歴代誌Ⅰ[2020]

2020年 06月 21日 (日)

歴代誌第一21:1-17(11)
ダビデをそそのかしたサタン

 神様が敵との戦いにおいて勝利を与えて下さり、ダビデの王国はますます強くなりました。ところがまさにその時、サタンが立ち上がり、イスラエルに敵対して、ダビデをそそのかしました。ダビデの心に、イスラエルの人口調査をしようという思いを植え付けたのです。人口調査をすることは、税金を徴収したり、徴兵したりする時に正確に人々を把握するので、重要なことです。ところが、ヨアブ将軍はダビデ王が人口調査をすることはイスラエルに罪過をもたらすことだと言いました。なぜなら、この時のダビデ王の心には、神に信頼するよりも、自らの力、数の力に頼ろうとする思いがあったからでした。自分の威力を誇示しようとしたダビデは、部下の誠実な進言に耳を傾けず、人口調査を強行しました。
 ダビデ王の命令は、神様の目に悪しきことであったので、神様はイスラエルを打たれました。ダビデが自分の罪を認め、悔い改めて赦しを求めた時、神様は先見者ガドを通して三つの懲らしめを示されました。それは「三年間の飢饉か。三か月間、ダビデが敵の前で攻め立てられ、敵の剣に追い迫られることか。三日間、主の剣、疫病がこの地に及び、主の使いがイスラエルの国中を荒らすことか。」というものでした。ダビデは疫病を選び、そのためにイスラエル民七万人が倒れました。敵であるサタンは、絶えず神様の民が罪を犯すようにそそのかします。私たちが、神様よりも目に見える存在に頼るようにさせます。神様の栄光よりも、自分を誇示しようとする心を持たせようとします。ですから、そのような心が生じる時、敵であるサタンがそそのかしているのだという事実を覚えなければなりません。神様は、罪悪を懲らしめられますが、罪悪を悟って悔い改める者には赦しの恵みを施して下さる方です。


適用:自分に向かうサタンのそそのかしは何ですか

一言:神様よりほかのものに頼り、自分をあらわそうとする心



2020年 06月 22日 (月)

歴代誌第一21:18-22:1(21:28)
オルナンの打ち場で答えられた神様

  主の使いはダビデにこう伝えるように先見者ガドに言いました。「ダビデは上って行って、エブス人オルナンの打ち場に、主のための祭壇を築かなければならない。」ダビデは、ガドが主の御名によって語った主の言葉に従って、そこに祭壇を築き、全焼の捧げ物と交わりのための捧げ物を捧げました。神様はダビデが捧げた全焼の捧げものの上に、火を下して答えられ、主の御使いに命じて剣をさやに収めさせました。それで神様が下された災いが止まりました。ダビデは神様がオルナンの打ち場で答えられたのを見て、そこでいけにえを捧げました。当時、主の幕屋と全焼のいけにえの祭壇は、ギブオンの高き所にありました。ところが神様はオルナンの打ち場でいけにえを捧げるように言われ、そこで答えてくださいました。これは、そこが将来主の神殿が立てられる場所だったからでした。ダビデはこの事実を悟って「これこそ神である主の宮だ。これこそイスラエルの全焼の捧げものの祭壇だ。」と言いました。
 オルナンの打ち場であったところに主の宮が立てられることは、神様がイスラエルだけではなく異邦人たちも受け入れてくださる方であることを示しています。さらに、神様が指定してくださった所でいけにえを捧げる時、神様は御怒りを止めてくださいます。神様が指定してくださった所でいけにえを捧げることによって神様の御怒りを止めるのが主の宮の役割です。この主の宮の役割は、十字架上で私たちの罪のために死なれ、よみがえられたイエス様によって完成されました。ですから誰でも神様が遣わされた救い主イエス様を信じて、神様に出て行って礼拝する者は、神様の御怒りから逃れることが出来ます。


適用:どのようにして神様の御怒りから逃れることが出来ますか

一言:イエス様を信じて神様に出て行く時


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