聖書別日ごとの糧   >>   イザヤ書[2006]

2006年 06月 03日 (土)

イザヤ書5:1-7
ぶどう畑の歌


Ⅰ.美しいぶどう畑を持っておられた神様(1,2)

 よく肥えた山腹にぶどう畑がありました。ぶどう畑の主人は地を掘り起こし、石を取り除き、極上のぶどうの苗を植えました。また外部の侵入者からぶどう畑を守るためにやぐらを立て、その中に酒ぶねを掘りました。このように美しくぶどう畑を作った目的は極上のぶどうを結ばせるためです。このたとえで、ぶどう畑はイスラエル人であり、主人は神様です。神様はイスラエルが実が結べるように全ての環境を備えてくださり、良い実を結ぶことを期待されました。

Ⅱ.酸いぶどうを結んだイスラエル(3-7)

 しかしイスラエルは甘いぶどうの代わりに、酸いぶどうを結びました。神様は彼らが実を結ぶことを待っておられましたが、彼らは神様の期待を裏切ってしまいました(4)。神様の祝福を担えない時、のろいを受けるようになります。結局ぶどう畑は荒れすたれ、踏みつけられます(5,6)。甘いぶどうを結べないぶどう畑は主人にとって何の役にも立たないからです。

 私たちの人生も神様がくださったぶどう畑です。神様は私たち人間のぶどう畑で公正の実、正義の実を結ぶことを願われます(7)。また実が結ぶまで、忍耐を持って、待ってくださいます。それでも良い実が結べないのは、私たちの傲慢と安逸のためです。祝福だけ受けて、実を結ぶ使命のためには努力しないからです。


祈り:主よ!私に肥えたぶどう畑をくださり感謝します。主を喜ばせる極上の実を結ぶように助けてください。

一言:人生の第一の使命は極上の実を結ぶこと



2006年 06月 04日 (日)

イザヤ書5:8-30
悪を善、善を悪と言っている者たち


 イザヤは不義の民の罪の問題を列挙し、のろいを宣布します。第一に、家と畑に欲望を抱いて広い地の中で一人で住もうとしている者には災いがあります(8)。欲望を抱く者たちは家が荒れすたれ、地は荒れ果てます。第二に、朝から晩まで強い酒に酔う者たちには災いがあります(11-17)。彼らは、神様と神様のことには何の関心もなく、食べて飲んで楽しむことに人生を浪費します。第三に、偽りで罪を行なう者には災いがあります(18,19)。第四に、悪を善、善を悪と言っている者たちに災いがあります(20)。彼らは、価値観がゆがんだ者たちであり、絶対的な真理を相対的なものに変え、状況に従って自分たちに便利なように利用します。第五に、おのれを知恵ある者とみなす者に災いがあります(21)。このような者たちは自分の知恵を過信し誇っている時に、自分の企みによって滅びるようになります。第六に、わいろを好む者たちに災いがあります(22,23)。彼らはお金に目がくらみ、悪者を正しいと宣言し、義人からその義を取り去る者たちです。

 神様はこのような者たちをアッシリヤのような無慈悲で強大国を通してさばかれます(26-30)。彼らがこのように堕落して神様のさばきを招いたのは、神様の御言葉を捨てたからです(24)。御言葉を捨てれば、自分が行なっていることが不義なのかどうか、区別することができません。御言葉を捨てれば、不義の代価として懲らしめとさばきをまぬかれません。私たちはどんなかたちであっても、御言葉を堅くつかまなければなりません。


祈り:主よ!不義を行なった代価によって、あれこれと患難が多いことを発見します。私がもう一度御言葉を堅くつかみます。

一言:不義は災いを招く


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