聖書別日ごとの糧   >>   イザヤ書[2006]

2006年 06月 05日 (月)

イザヤ書6:1-13
だれが、われわれのために行くだろう


Ⅰ.王座に座しておられる主(1-4)

 ウジヤ王は52年間統治しました。彼の統治期間の間に、ユダは経済的に、軍事的に繁栄し、安定していました(Ⅱ歴26章)。ところが彼が死ぬと、国は次第に傾き出し、渦巻く国際情勢になり始めました。イザヤは腐敗した時代を見て絶望しました。しかし彼が神殿に行き、神様を仰ぎ見た時、新しい望みを持つようになりました。神様は高くあげられた王座に座しておられ、全世界を統治しておられました。神様は歴史の主観者です。この主を仰ぎ見る時、絶望を克服することができます。

Ⅱ.私を遣わしてください(5-13)

 イザヤは聖なる神様の前で汚れた自分の姿を発見し絶望しました。神様はこのような不義を取り去り、罪を贖ってくださいました(7)。それと同時に主の御声が聞こえて来ました。「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう。」。これはイザヤを用いようと召される神様の切なる御声でした。イザヤはこの召されに何のためらいもなく、答えました。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」。

 この時代にも、神様は世界救済の御業のために用いる者を召されます。罪によって苦しむ民たちに対して、牧者の心情がある者たちを探しておられます。これは辛く、容易に実を結びませんが、神様の御心を抱いた者は担うことができます。


祈り:主よ!主がこの時代にも切実に御言葉のしもべを探しておられることを感謝します。私の罪を贖って、私を遣わしてください。

一言:人を探しておられる神様


<<(1)    前のページ(5)    6    次のページ(7)    (53)>>

聖書別日ごとの糧