□6月1日(月)
いのちを重んじる神様
出エジプト記21:12-36(13)
聖書本文
21:12 人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならない。
21:13 ただし、彼に殺意がなく神が御手によって事を起こされた場合、わたしはあなたに、彼が逃れることができる場所を指定する。
21:14 しかし、人が隣人に対して不遜にふるまい、策略をめぐらして殺した場合には、この者を、わたしの祭壇のところからであっても、連れ出して殺さなければならない。
21:15 自分の父または母を打つ者は、必ず殺されなければならない。
21:16 人を誘拐した者は、その人を売った場合も、自分の手もとに置いている場合も、必ず殺されなければならない。
21:17 自分の父や母をののしる者は、必ず殺されなければならない。
21:18 人が争い、一人が石か拳で相手を打ち、その相手が死なないで床についた場合、
21:19 もし彼が再び起き上がり、杖によって外を歩けるようになれば、打った者は罰を免れる。ただ彼が休んだ分を弁償し、彼が完全に治るようにしてやらなければならない。
21:20 自分の男奴隷あるいは女奴隷を杖で打ち、その場で死なせた場合、その人は必ず復讐されなければならない。
21:21 ただし、もしその奴隷が一日か二日生き延びたなら、その人は復讐されてはならない。奴隷は彼の財産だからである。
21:22 人が人と争っていて、身ごもった女に突き当たり、早産させた場合、重大な傷害がなければ、彼はその女の夫が要求するとおりの罰金を必ず科せられなければならない。彼は法廷が定めるところに基づいて支払う。
21:23 しかし、重大な傷害があれば、いのちにはいのちを、
21:24 目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を、
21:25 火傷には火傷を、傷には傷を、打ち傷には打ち傷をもって償わなければならない。
21:26 人が自分の男奴隷の片目あるいは女奴隷の片目を打ち、目をつぶした場合、その目の償いとして、その奴隷を自由の身にしなければならない。
21:27 また、自分の男奴隷の歯一本あるいは女奴隷の歯一本を打ち、折ったなら、その歯の償いとして、その奴隷を自由の身にしなければならない。
21:28 牛が男または女を突いて死なせた場合、その牛は必ず石で打ち殺さなければならない。その肉を食べてはならない。しかし、その牛の持ち主は罰を免れる。
21:29 しかし、もし牛に以前から突く癖があり、その持ち主が注意されていたのにそれを監視せず、その牛が男または女を殺したのなら、その牛は石で打ち殺され、その持ち主も殺されなければならない。
21:30 もし彼に償い金が科せられたなら、彼は自分に科せられたとおりに、自分のいのちの贖いの代価を支払わなければならない。
21:31 息子を突いても娘を突いても、この規定のとおりに扱われる。
21:32 もしその牛が男奴隷あるいは女奴隷を突いたなら、牛の持ち主はその奴隷の主人に銀貨三十シェケルを支払い、その牛は石で打ち殺されなければならない。
21:33 人が水溜めのふたを開けたままにしておくか、あるいは、水溜めを掘って、それにふたをせずにおいて、牛やろばがそこに落ちた場合、
21:34 その水溜めの持ち主は償いをしなければならない。彼は家畜の持ち主に金を支払わなければならない。しかし、その死んだ家畜は彼のものとなる。
21:35 ある人の牛が隣人の牛を突いて、その牛が死んだ場合、両者は生きている牛を売って、その金を分け、また死んだ牛も分けなければならない。
21:36 しかし、もしその牛に以前から突く癖があることが分かっていて、その持ち主が監視しなかったのなら、その人は必ず牛を牛で償わなければならない。しかし、その死んだ牛は彼のものとなる。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
人にいのちを与えられたのは、いのちの主である神様です。そのいのちをむやみに奪うことは、決して軽く扱われません。策略をめぐらして隣人を殺した者は、たとえ祭壇のそばにいても、そこから連れ出されてさばかれます。父母を打つ者、ののしる者、人を誘拐する者もまた、厳しく罰せられます。それ程までに、神様はいのちと秩序を重んじておられるのです。
人と争って相手に傷を負わせたなら、完全に癒やされるまで償わなければなりません。相手が、どんな立場の者であっても、被害を与えたなら責任を負います。しかし同時に与えられた「目には目、歯には歯」という原則は、報復をあおるためではなく、復讐を最小限にとどめるためでした。牛が人を突いて死なせた場合も、持ち主は責任を問われました。神様は、ご自分の民が他人のいのちと安全に細心の注意を払うことを求めておられます。
では、私たちはどれだけ隣人に配慮する者でしょうか。本当に、いのちを尊び、心から神を敬い、隣人を自分のように愛しているでしょうか。もし正義だけが貫かれるなら、私たちのうち誰が立ち得るでしょう。しかし驚くべきことに、主はさばきだけで終わらせず、逃れの場所を備えてくださいました。その究極の逃れの場所こそ、イエス・キリストです。本来さばかれるべき私たちの代わりに、イエス・キリストが十字架でその責任を負われました。正義は軽く扱われたのではありません。完全に成し遂げられました。そして同時に、あわれみが私たちに注がれたのです。だからこそ私たちは、罪を軽く見るのではなく、十字架を見上げながら生きます。赦された者として、いのちを尊び、人に仕える者として歩みます。正義とあわれみが出会う場所――そこに、私たちの救いがあります。
祈り:主よ、あなたが尊ばれるいのちを、私も尊ぶ者でありたいです。十字架のあわれみを覚えながら、隣人を愛するように導いてください。
一言:他人のいのちを尊んでいますか
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
(お問い合わせページのリンク先)」

