□6月20日(土)
主の晩餐を聖なるものとして守る
コリント人への手紙第一11:17-34(24,25)
聖書本文
11:17 ところで、次のことを命じるにあたって、私はあなたがたをほめるわけにはいきません。あなたがたの集まりが益にならず、かえって害になっているからです。
11:18 まず第一に、あなたがたが教会に集まる際、あなたがたの間に分裂があると聞いています。ある程度は、そういうこともあろうかと思います。
11:19 実際、あなたがたの間で本当の信者が明らかにされるためには、分派が生じるのもやむを得ません。
11:20 しかし、そういうわけで、あなたがたが一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにはなりません。
11:21 というのも、食事のとき、それぞれが我先にと自分の食事をするので、空腹な者もいれば、酔っている者もいるという始末だからです。
11:22 あなたがたには、食べたり飲んだりする家がないのですか。それとも、神の教会を軽んじて、貧しい人たちに恥ずかしい思いをさせたいのですか。私はあなたがたにどう言うべきでしょうか。ほめるべきでしょうか。このことでは、ほめるわけにはいきません。
11:23 私は主から受けたことを、あなたがたに伝えました。すなわち、主イエスは渡される夜、パンを取り、
11:24 感謝の祈りをささげた後それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
11:25 食事の後、同じように杯を取って言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」
11:26 ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。
11:27 したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。
11:28 だれでも、自分自身を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。
11:29 みからだをわきまえないで食べ、また飲む者は、自分自身に対するさばきを食べ、また飲むことになるのです。
11:30 あなたがたの中に弱い者や病人が多く、死んだ者たちもかなりいるのは、そのためです。
11:31 しかし、もし私たちが自分をわきまえるなら、さばかれることはありません。
11:32 私たちがさばかれるとすれば、それは、この世とともにさばきを下されることがないように、主によって懲らしめられる、ということなのです。
11:33 ですから、兄弟たち。食事に集まるときは、互いに待ち合わせなさい。
11:34 空腹な人は家で食べなさい。あなたがたが集まることによって、さばきを受けないようにするためです。このほかのことについては、私が行ったときに決めることにします。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
パウロはコリント教会を厳しく戒めています。なぜなら、彼らが「主の晩餐」と呼んでいたものは、イエス様が私たちに守るように言われたものとは、まったく異なっていたからです(20)。当時の教会の集まりには、交わりの食事が含まれていたようで、それ自体は良いことでした。しかし、中には自分たちの食事だけを持参して他の人と分け合わない者もおり、ある者は食べ過ぎ、ある者は酔いました。そして、他の者たちは空腹のままでした(21)。
主の晩餐、すなわち聖餐の意味は、目に見える食べ物と飲み物を用いて、イエス様のからだと血を象徴し、主が私たちのためにご自分をささげてくださったことを覚えるところにあります(24)。それはキリストの死を告げ知らせる行為であり、主が再び来られる時まで、私たちはそのことを心に刻み続けるのです(26)。儀式の細かな形がどうであれ、そこにあずかる一人ひとりに求められる態度は、自分を吟味し、悔い改めることです。そうすることで、私たちは神の懲らしめの下に置かれないようにするのです(32)。
感謝なことに、今日では多くの教会が秩序をもって聖餐を守っています。私たちが他の形で交わりを持つ時もまた、キリストにあってすべての人を等しく歓迎する仕方で行うべきです。神の民のあらゆる集まりは、キリストが私たちのためにしてくださったことを覚える、聖なる機会であるべきです。
祈り:父なる神様、私たちのためにいのちをささげてくださったイエス様を感謝します。何事においてもキリストを覚えることによって、あなたの御前で私の心が正しく保たれるよう助けてください。
一言:イエス様の死を覚えなさい
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
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