□7月5日(主日)
神はわれらの避け所
詩篇46:1-11(10)
聖書本文
46:1 神は われらの避け所 また力。
苦しむとき そこにある強き助け。
46:2 それゆえ われらは恐れない。
たとえ地が変わり
山々が揺れ 海のただ中に移るとも。
46:3 たとえその水が立ち騒ぎ 泡立っても
その水かさが増し 山々が揺れ動いても。 セラ
46:4 川がある。その豊かな流れは 神の都を喜ばせる。
いと高き方のおられる その聖なる所を。
46:5 神はそのただ中におられ その都は揺るがない。
神は朝明けまでに これを助けられる。
46:6 国々は立ち騒ぎ
諸方の王国は揺らぐ。
神が御声を発せられると
地は溶ける。
46:7 万軍の【主】はわれらとともにおられる。
ヤコブの神はわれらの砦である。 セラ
46:8 来て 見よ。【主】のみわざを。
主は地で恐るべきことをなされた。
46:9 主は 地の果てまでも戦いをやめさせる。
弓をへし折り 槍を断ち切り
戦車を火で焼かれる。
46:10 「やめよ。知れ。
わたしこそ神。
わたしは国々の間であがめられ
地の上であがめられる。」
46:11 万軍の【主】はわれらとともにおられる。
ヤコブの神はわれらの砦である。 セラ
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
46篇で作者は神様がイスラエルの民の避け所だと告白しています(1)。たとえ大地が揺れ動き、山々が海に崩れ落ちるような、自分の力ではどうにもできない絶望的な状況に置かれたとしても、神様は「そこにある助け」として、私たちとともにいてくださいます(2,3)。この世の喧噪や不安は私たちの心を激しく揺さぶりますが、神様がともにおられる場所には、喜びを運ぶ静かな川のように平安が絶えることなく流れているのです(4,5)。
「やめよ、知れ。私こそ神。」10節のこの御言葉は、私たちの生き方への優しい、けれども力強い問いかけです。自分の力で何とか解決しようと焦り、ジタバタと抗い続けることを「やめる」ことへの招きです。弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれ、地の果てまでも戦いをやめさせるほどの圧倒的な力を持つ神様の御手にすべてを委ねることで、私たちは初めて、本当の意味で心から安らぎを得ることができます(8 -10)。
私たちは「強くあらねば」と無理に力む必要はありません。ただ万軍の主が私たちの「砦」であり避けどころであることを心から認めることが重要です(11)。夜が明ける前に救いの手を差し伸べて下さる主の深い愛を信じ、抱かれるとき、私たちの心にはどんな試練にも負けない、揺るがない勝利の確信が生まれてくるはずです。
祈り:この世は暴虐と罪に満ちています。しかし全能の主が私たちの真の避け所、力となってくださっていることを感謝します。主によって平和を作るもの、神様の子どもとして選びとられこと、主の秩序のための働きとして供えられたことを信じます。どのような試練の中でも主の御姿、栄光から目を離さないように、どうか助けてください。
一言:避け所である神様
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
(お問い合わせページのリンク先)」

