□7月17日(金)
自分を捨て、自分の十字架を負って
マタイの福音書16:21-28(24)
聖書本文
16:21 そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。
16:22 すると、ペテロはイエスをわきにお連れして、いさめ始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあなたに起こるはずがありません。」
16:23 しかし、イエスは振り向いてペテロに言われた。「下がれ、サタン。あなたは、わたしをつまずかせるものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」
16:24 それからイエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。
16:25 自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者はそれを見出すのです。
16:26 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の益があるでしょうか。そのいのちを買い戻すのに、人は何を差し出せばよいのでしょうか。
16:27 人の子は、やがて父の栄光を帯びて御使いたちとともに来ます。そしてそのときには、それぞれその行いに応じて報います。
16:28 まことに、あなたがたに言います。ここに立っている人たちの中には、人の子が御国とともに来るのを見るまで、決して死を味わわない人たちがいます。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
弟子たちがイエス様をキリストとして告白した時、イエス様はご自分の受ける苦難と死について教え始められました。神様が定められた救いの道は、キリストが私たちの罪のために苦難を受けて殺され、三日目によみがえられることです。しかし、ペテロは武力でローマを征服して地上にメシア王国が建てられるのを待ち望んでいたため、このみことばを受け入れることができませんでした。それでイエス様をわきにお連れして、いさめ始めました。イエス様はこのようなペテロに「下がれ。サタン」と言われました。
キリストが苦難を通じて栄光に入るというのが神様の御心です。キリストに従う者たちも同じです。これを受け入れず、苦難のない栄光だけを夢見ているならば、自分も知らないうちにサタンに従う者となり、イエス様がなさることを妨害するようになります。したがって、イエス様をキリストとして信じて従う弟子たちは、自分を捨て、主のために苦難を覚悟しなければなりません。イエス様に従う道には苦難があります。苦難の道を進んだイエス様に従う道なので、自分の十字架を負わなければなりません。この人生は自分のいのちを失うように見えますが、最終的にはいのちを得る人生です。だから、いのちが最も大切であることを知っているなら、当然自分を捨て、自分の十字架を負ってイエス様に従うべきです。人の子が父の栄光を帯びて来られる時には、その行いに応じて報いてくださいます。
祈り:主よ、私がイエス様に従って歩み続けられるように、どんな苦難にも耐えられる力を与えてください。
一言:自分を捨て、自分の十字架を負って
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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