□8月23日(主日)
最も聖なるものとして
レビ記6:24-7:10(25)
聖書本文
6:24 【主】はモーセにこう告げられた。
6:25 「アロンとその子らに告げよ。
罪のきよめのささげ物についてのおしえは次のとおりである。罪のきよめのささげ物は、全焼のささげ物が屠られる場所、【主】の前で屠られる。これは最も聖なるものである。
6:26 罪のきよめのささげ物を献げる祭司はそれを食べる。それを聖なる所、会見の天幕の庭で食べる。
6:27 その肉に触れるものはみな、聖なるものとなる。また、その血が少しでも衣にはねかかったときには、あなたは、そのはねかかった衣を聖なる所で洗う。
6:28 ささげ物を煮た土の器は砕かなければならない。青銅の器で煮たのであれば、その器は磨き、水ですすぐ。
6:29 祭司の家系に属する男子はみな、これを食べることができる。これは最も聖なるものである。
6:30 しかし、その血を聖所での宥めのために会見の天幕に持って行った、罪のきよめのささげ物は、食べてはならない。これは火で焼く。
7:1 代償のささげ物についてのおしえは次のとおりである。このささげ物は最も聖なるものである。
7:2 代償のささげ物は、全焼のささげ物を屠る場所で屠る。そして、その血を祭壇の側面に振りかける。
7:3 その脂肪はすべて献げる。すなわち、あぶら尾と内臓をおおう脂肪、
7:4 二つの腎臓と、それに付いている腰のあたりの脂肪、さらに腎臓とともに取り除いた、肝臓の上の小葉である。
7:5 祭司はそれらを祭壇の上で、【主】への食物のささげ物として、焼いて煙にしなければならない。これは代償のささげ物である。
7:6 祭司の家系に属する男子はみな、これを食べることができる。それは聖なる所で食べなければならない。これは最も聖なるものである。
7:7 罪のきよめのささげ物と代償のささげ物についてのおしえは一つである。代償のささげ物は、それを用いて宥めを行う祭司のものとなる。
7:8 祭司が、ある人の全焼のささげ物を献げる場合、献げた全焼のささげ物の皮はその祭司のものとなる。
7:9 さらに、かまどで焼いた穀物のささげ物はすべて、また鍋や平鍋で作られたものはすべて、それを献げる祭司のものとなる。
7:10 しかし、油を混ぜたものや、乾いたままの穀物のささげ物はすべて、アロンの子ら全員のものとなり、等しく分けることとする。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
罪のきよめのささげ物は、「最も聖なるもの」として扱われます。いけにえは定められた場所で屠られ、その肉の残りは、執り行った祭司が聖なる場所で食べます。その肉に触れる者は皆、聖なるものと見なされるほど、このいけにえは聖別されていました。もし、いけにえの血が衣に跳ねかかったなら、その衣は聖なる場所で洗わなければなりません。また、肉を煮た土の器は(成分が染み込むため)砕き、青銅の器であれば磨いて水ですすぎます。祭司の家系に属する男子は皆、これを食べることができましたが、血を聖所に持ち込んで宥めを行った場合の肉は、食べてはならず、火で焼き尽くさなければなりませんでした。
罪のきよめのためには、ささげ物自体が聖なるものでなければならず、それを執り行う祭司もまた、きよくあらねばなりませんでした。神様は、ご自分の民が罪と完全に区別された「聖なる民」になることを望んでおられます。私たちの罪のために、聖なる御子イエス様が自ら「罪のきよめのささげ物」となり、尊いきよめの血を流してくださいました(ヘブル9:14)。私たちが、この血の恵みを覚え、深く感謝し、聖なる歩みが出来るように祈ります。
次に、代償のささげ物についても規定があります。屠った血を祭壇の側面に振りかけ、脂肪のすべてと腎臓、肝臓の小葉は、祭壇の上で焼いて煙にし、主にささげます。残った肉の部分は、祭司の家系の男子が食べることができました。また、祭司への配分についても定められています。全焼のささげ物の「皮」や、かまどや鍋で調理された「穀物のささげ物」などは、奉仕をした祭司のものとなりました。一方で、油を混ぜたものや乾いたままの穀物のささげ物は、アロンの子ら全員で等しく分け合うこととされました。すべてのささげ物は、主の前で「最も聖なるもの」となるため、そのささげ方や分け前に至るまで、主のきよさを損なわないよう細かく定められたのです。私たちのささげる礼拝も、そして人生そのものも、主の前で聖別されたものでなければなりません。
祈り:主よ、私たちが書き記された御言葉に従い、きよく正しい姿勢であなたに仕えることができるよう助けてください。
一言:最も聖なるものとして
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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