□10月23日(金)
永遠の住まいがあることを知っています
コリント人への手紙第二5:1-10(1)
聖書本文
5:1 たとえ私たちの地上の住まいである幕屋が壊れても、私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住まいがあることを、私たちは知っています。
5:2 私たちはこの幕屋にあってうめき、天から与えられる住まいを着たいと切望しています。
5:3 その幕屋を脱いだとしても、私たちは裸の状態でいることはありません。
5:4 確かにこの幕屋のうちにいる間、私たちは重荷を負ってうめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいからではありません。死ぬはずのものが、いのちによって吞み込まれるために、天からの住まいを上に着たいからです。
5:5 そうなるのにふさわしく私たちを整えてくださったのは、神です。神はその保証として御霊を下さいました。
5:6 ですから、私たちはいつも心強いのです。ただし、肉体を住まいとしている間は、私たちは主から離れているということも知っています。
5:7 私たちは見えるものによらず、信仰によって歩んでいます。
5:8 私たちは心強いのですが、むしろ肉体を離れて、主のみもとに住むほうがよいと思っています。
5:9 そういうわけで、肉体を住まいとしていても、肉体を離れていても、私たちが心から願うのは、主に喜ばれることです。
5:10 私たちはみな、善であれ悪であれ、それぞれ肉体においてした行いに応じて報いを受けるために、キリストのさばきの座の前に現れなければならないのです。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
パウロは、地上にある肉体の幕屋が壊れても、神様がくださる建物、即ち人の手によらない「天にある永遠の住まい」があることを確信していました(1)。私たちの肉体は、苦難と苦しみによって次第に衰えていき、死によって終わりを迎えます。しかしその後には、必ず朽ちることのない天の体、栄光ある復活の体を着るようになるのです。
当時、ギリシアの哲学者たちは、肉体を魂の墓だと考え、死ぬことは肉体を脱ぎ、肉体のない自由な魂になることだと説きました。しかしパウロは、単に脱いで終わるのではなく、新しい住まいを「上に着る」のだと語ります。私たちは決して朽ちない天からの住まいを上に着るようになります。それは、死ぬはずのものが「いのち」によって呑み込まれることを意味します(4)。
神様はその保証として私たちに御霊をくださいました。私たちは御霊による喜び、平安、愛を味わう時、天の御国の一部を味わっているのです。私たちはまた、信仰によって確信できます。私たちが見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです(7)。パウロにとって、肉体の幕屋に住み続けることは大きな苦痛でした。彼は「むしろ肉体を離れて、主のみもとに住むほうがよい」とさえ願いました(8)。しかしパウロが最も願っていることは、生きるにしても、死ぬにしても、「主に喜ばれる」ことでした(9)。なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、それぞれその肉体においてした行いに応じて報いを受けるからです(10)。それで私たちは、人生を自分勝手に生きてはいけません。神様の前で、主の御旨に従って生きなければなりません。私たちの究極の望みはこの世にはなく、天の御国にあるのです。
祈り:地上の幕屋が衰える時も、天にある永遠の住まいを仰ぎながら、望みを持って歩むように祈ります。生きるも死ぬも主の御手の中にあることを信じ、今日もただ主に喜ばれることを選び行えるようにしてください。
一言:天にある永遠の住まい
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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