詩篇 22:1-31(10)    [NIV]

主は私の神です

□4月12日(月)

 ダビデがこの詩篇を書いたとき、彼は深い苦悩と苦痛を感じていました。おそらく、サウルから逃げていた時のことでしょう。 彼は動物のように追い詰められていました。ダビデを攻撃する者は、犬のように(16)卑劣で汚いことをすることを躊躇しない人達でした。助けてくれる者は誰もおらず、一人だけ追い出されました。彼は昼も夜も神に叫びましたが、神様も彼に答えてくれませんでした。彼は、自分が神様に捨てられたと思いました。神様が自分から遠く離れてしまったと思いました。凄惨な状態で体も苦しかったのですが、神様に見捨てられたという苦痛と恐怖、絶望がもっと彼を苦しめました。あなたも今、耐えがたい状況の中にいますか。神様があなたを捨てたと、あなたから離れてしまわれたと思いますか。数多くの義人がダビデのように死のちりと嘲笑と軽蔑の状態に処せられ、それらに耐えて勝ち抜いたことを覚えましょう。イエス様もこの私を救うために蔑みと苦しみを受けられました。

 ダビデは、苦しみの中で、イスラエルの賛美の中におられる主を考えています。賛美の中におられる主は、イスラエルが叫ぶと救い出され、主を信頼した者に恥を受けないようにされた方であることを覚えています(3-5)。ダビデを母の胎から取り出され、生まれるようにされた方が主であることを考えています。私を捨てたように見えますが、主は母の胎から出てくる時から「私の神」となられた方であることを覚えています。ダビデのように「私の神」、すなわち私を知り、私に真実で、私の味方である神様を見上げながら祈りましょう。そのようにする時、ダビデのように信仰と確信が生じるはずです。状況は変わらなくても、ダビデの心の目は変わりました。人々は私が貧しくて苦しいとき軽蔑します。しかし、主は苦しい者を蔑まず、嫌がりません。顔を隠すことなく泣き叫ぶときに聞いてくださいます。ダビデは国々の民が主に立ち返って礼拝する幻を見ます。「私の神」を見上げながら、ダビデの心は喜びと望みと幻想に満ちています。

適用:主はどんな方ですか

一言:私の神

【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。