□11月13日(水)
主は私のささえであった
サムエル記第二22:1-20(18,19)
日毎の糧
22章はダビデの勝利の歌で、神様への賛美歌です。ダビデは敵を制圧し勝利した時、自分の業績や威厳を誇りませんでした。また、部下や民の栄光を称えることもありませんでした。ダビデはもっぱら神様をほめたたえ、自分が出会った神様がどんな方なのかを表しました。
第一に、神様は守ってくださる方です。「わが巌」「わが砦」「わが盾」「わがやぐら」「わが逃れ場」という表現は、神様のもとに身を避ければ何にも襲われずに安全であることを意味します。ダビデの生涯はサウルとペリシテ人、反逆者たちによって、常に危険にさらされていました。しかし、神様はそんなダビデをいつも守ってくださいました。苦しみの日に叫べば、神様はその声を聞かれ、救ってくださいました。
第二に、神様は戦ってくださる方です。ダビデが主に叫べば地はゆるぎ、天は震え、鼻からは煙が立ち上り、口からは火が出ました。矢を放って敵を散らし、稲妻でかき乱されました。主がとがめられると、その鼻の荒い息吹によって海の底が現れるほどでした。
ダビデが勝利できたのは、彼が敵より強かったからではありません。むしろ弱かったため、神様が弱い彼に味方してくださったので勝つことができました。また、ダビデは災いに会わなかったから勝利したのではありません。災いの日に、神様が彼のささえとなったので勝利できました。
パウロは命さえも危うくなるほどの苦しみを受けました。しかし、それによって神様にだけにより頼む者となりました(Ⅱコリント1:8,9)。そこで、パウロは自分の弱さを誇りました。それは、弱さのゆえに神様にだけ依り頼むことになり、神様の御力が完全に現れるからでした(Ⅱコリント12:9)。私たちも弱い者ですが、私たちに神様の御力が完全に現れ、主の栄光が現れるように祈ります。
祈り:主よ、私たちをいつも支え、救い出してくださり感謝します。弱く至らない者であるからこそ主の救い、恵みが完全に明らかにされますように祈ります。
一言:主にささえられ
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
(お問い合わせページのリンク先)」