□1月31日(土)
パリサイ人の義にまさった弟子の義
マタイの福音書5:17-32(20)
聖書本文
5:17 わたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく成就するために来たのです。
5:18 まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。
5:19 ですから、これらの戒めの最も小さいものを一つでも破り、また破るように人々に教える者は、天の御国で最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを行い、また行うように教える者は天の御国で偉大な者と呼ばれます。
5:20 わたしはあなたがたに言います。あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません。
5:21 昔の人々に対して、『殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。
5:22 しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。
5:23 ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、
5:24 ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。
5:25 あなたを訴える人とは、一緒に行く途中で早く和解しなさい。そうでないと、訴える人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれることになります。
5:26 まことに、あなたに言います。最後の一コドラントを支払うまで、そこから決して出ることはできません。
5:27 『姦淫してはならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。
5:28 しかし、わたしはあなたがたに言います。情欲を抱いて女を見る者はだれでも、心の中ですでに姦淫を犯したのです。
5:29 もし右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨てなさい。からだの一部を失っても、全身がゲヘナに投げ込まれないほうがよいのです。
5:30 もし右の手があなたをつまずかせるなら、切って捨てなさい。からだの一部を失っても、全身がゲヘナに落ちないほうがよいのです。
5:31 また『妻を離縁する者は離縁状を与えよ』と言われていました。
5:32 しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも、淫らな行い以外の理由で自分の妻を離縁する者は、妻に姦淫を犯させることになります。また、離縁された女と結婚すれば、姦淫を犯すことになるのです。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
イエス様の教えは新鮮で、人々には型破りに聞こえました。そのため、ユダヤ人たちは「イエス様は律法や預言者を廃棄するために来られたのではないか」と誤解しました。しかし、イエス様は「廃棄するためではなく、成就するために来た」と言われました。天地が消え去るまで律法の一点一画も消え去ることはなく、すべて実現すると宣言されたのです。
律法の本質は、愛です。しかし、パリサイ人たちは行いに基づいた義を重んじました。彼らは殺人、姦淫、離婚などに関する戒めを形式的に守り、外側の行動だけを問題にしました。けれどもイエス様は人の心を見られる方です。
イエス様は言われました。兄弟に怒る者、悪口を言う者は殺人と同じく裁かれる、と。ささげ物をする前に兄弟と和解することを求められました。情欲を抱くこと自体が姦淫であり、不当な離婚も姦淫に当たると語られました。また目や手が罪を犯すなら、切り捨ててでも全身が地獄に落ちないほうが良いとまで言われました。それほど徹底的に罪を憎まれたのです。
イエス様は「もしあなたがたの義が律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、決して天の御国に入れない」と教えられました。ここで言われる義は、人間の努力や形式的な行いによるものではありません。ただ罪を悔い改め、イエス・キリストを信じる信仰によって与えられる義です。心の中を見ておられる神様の御前に、信仰によって義と認められた私たちの義こそ、パリサイ人にまさる義なのです。
祈り:主よ、罪深い私にある義は、ただイエス様を信じる信仰による義だけです。どうかこの恵みに感謝し、謙遜に御言葉を愛し、それを行い、また人々に教える御言葉のしもべとして成長できるように助けてください。
一言:天の御国で偉大な者と呼ばれるのは?
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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