□3月22日(主日)
管理者としての姿勢
コリント人への手紙第一4:1-5(1,2)
聖書本文
4:1 人は私たちをキリストのしもべ、神の奥義の管理者と考えるべきです。
4:2 その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。
4:3 しかし私にとって、あなたがたにさばかれたり、あるいは人間の法廷でさばかれたりすることは、非常に小さなことです。それどころか、私は自分で自分をさばくことさえしません。
4:4 私には、やましいことは少しもありませんが、だからといって、それで義と認められているわけではありません。私をさばく方は主です。
4:5 ですから、主が来られるまでは、何についても先走ってさばいてはいけません。主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのときに、神からそれぞれの人に称賛が与えられるのです。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
使徒パウロは、霊的な指導者を「キリストの僕、神様の奥義の管理者」と位置づけています(1)。彼らは単なる人の僕ではなく、キリストの福音を託された主の僕です。ですから、軽んじてはいけません。反対に、過度に崇めることもしてはいけません。キリストが私たちの主人だからです。敬意をもって接することが大切です。
では、管理者に最も求められることは何でしょうか。それは忠実さです(2)。当時の管理者は、家の運営を任され、一家を取り仕切る家令、執事のような立場にある者でした。主人の代理として家庭の事柄を取り仕切り、家族に食物を備えて適切に分け与え、財政を管理し、正確な帳簿をつけ、定められた時に主人へ提出する義務を負っていました。ですからパウロたちは、神の奥義の管理者として、神様から預かった真理を、偽りなく、手抜きなく、忠実に守り、また分かち与えようとしました。
パウロは、自らの働きにやましいところがなく、さばきの判断は神様がなさるのだから、人々にさばかれることは非常に小さなことだと言います。ですから、主が来られる時までは、誰も先走ってさばいてはいけません。さばきの日、主は闇に隠されたことも明るみに出し、人々の心の中のはかりごとも明らかにされます。その時、忠実だと認められた人には、神様から賞賛が与えられます(3-5)。私たちも、人目に左右されることなく、神様の御前で、忠実に任された使命を担い通すよう励みましょう。
祈り:私たちをキリストの僕、主の奥義の管理者として立てて下さり、権威、力、知恵、使命を委ねて下さり感謝します。主が委ねてくださったものに忠実であるように、また、主が使命を委ねられた隣人に対しても忠実であるように助けてください。
一言:忠実
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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