□3月24日(火)
キリスト・イエスにあって生んだ
コリント人への手紙第一4:14-21(15)
聖書本文
4:14 私がこれらのことを書くのは、あなたがたに恥ずかしい思いをさせるためではなく、私の愛する子どもとして諭すためです。
4:15 たとえあなたがたにキリストにある養育係が一万人いても、父親が大勢いるわけではありません。この私が、福音により、キリスト・イエスにあって、あなたがたを生んだのです。
4:16 ですから、あなたがたに勧めます。私に倣う者となってください。
4:17 そのために、私はあなたがたのところにテモテを送りました。テモテは、私が愛する、主にあって忠実な子です。彼は、あらゆるところのあらゆる教会で私が教えているとおりに、キリスト・イエスにある私の生き方を、あなたがたに思い起こさせてくれるでしょう。
4:18 あなたがたのところに私が行くことはないだろうと考えて、思い上がっている人たちがいます。
4:19 しかし、主のみこころであれば、すぐにでもあなたがたのところに行きます。そして、思い上がっている人たちの、ことばではなく力を見せてもらいましょう。
4:20 神の国は、ことばではなく力にあるのです。
4:21 あなたがたはどちらを望みますか。私があなたがたのところに、むちを持って行くことですか。それとも、愛をもって柔和な心で行くことですか。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
使徒パウロの生活は、彼があらゆるところのあらゆる教会で教えていたとおりの、福音にふさわしい生活でした。人々に十字架の道を教える一方で、自分だけ安逸で平穏な生活を送ったりするようなことはしませんでした。むしろ彼は、自分の単純で福音中心の生活態度に倣うよう、勧めました。パウロは、コリントの聖徒たちがどれほど言葉に巧みであっても、実際には世俗的に生きていることを知っていました。そこで、主にあって真実なテモテを遣わし、彼らが語っているとおりに生きるよう励ましました。私たちもまた、言葉だけにとどまらず、福音に従って実際に生きなければなりません。
パウロの手紙は、コリントの聖徒を恥じ入らせるためではなく、愛する子どもとして諭すためのものでした。パウロは、多くの養育係の一人ではなく、キリスト・イエスにあって彼らを「生んだ」一人の父として、間違ったことをしている子を叱り、正しく導く責任を負ったのです。このように、牧者は羊たちに父親の心で仕え、羊は牧者の忠告を父親の愛として受け入れるべきです。
一方で、一部の聖徒は、「パウロはもう来ないだろう」と思い上がっていました(18)。しかし、パウロは「主の御心であれば、すぐにでもあなたがたのところに行きます。」と告げ、彼らの「言葉」ではなく「力」を見せてもらおうと言います(19)。神の国は、口先の言葉ではなく、実際に現れる力にあるからです(20)。聖徒たちが思い上がり続けるなら、パウロは厳しい態度で臨むことになります。しかし思い上がりを捨てるなら、愛と柔和な心で臨みます。信仰は議論によってではなく、日々の生活に現れる生きた力によって示されます。私たちも口先にとどまらず、神様の力が現れる人生を通して、信仰を証していきましよう。
祈り:父なる神の愛が私たちに注がれていることを感謝します。主の御言葉は時に苦く感じることもありますが、すべては私たちへの愛と恵みによって与えられていることを信じます。今日もキリストに倣うものとして一日を担えるように助けてください。
一言:福音により生んだのです
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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