□4月30日(木)
平和をもたらすためだと思ってはいけません
マタイの福音書10:34-42(34)
聖書本文
10:34 わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはいけません。わたしは、平和ではなく剣をもたらすために来ました。
10:35 わたしは、人をその父に、娘をその母に、嫁をその姑に逆らわせるために来たのです。
10:36 そのようにして家の者たちがその人の敵となるのです。
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。
10:38 自分の十字架を負ってわたしに従って来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。
10:39 自分のいのちを得る者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを得るのです。
10:40 あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。また、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。
10:41 預言者を預言者だからということで受け入れる人は、預言者の受ける報いを受けます。また、義人を義人だからということで受け入れる人は、義人の受ける報いを受けます。
10:42 まことに、あなたがたに言います。わたしの弟子だからということで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
イエス様は、この世に平和ではなく剣をもたらすために来られました。人をその父に、娘をその母に、嫁をその姑に逆らわせるために来られました。そのようにして家の者たちがその人の敵となるのです。イエス様を信じてその弟子になった人は、その信仰を理解できない家族との間に葛藤が起こる場合があります。これをおかしなことだと考えてはいけません。なぜなら、信仰生活は聖霊と悪霊の戦いであり、光と闇の戦いだからです。
両親をイエス様よりも愛する人は、弟子としてふさわしくありません。両親から迫害される時、妥協して両親の言うことを聞こうとしてはいけません。息子や娘をイエス様よりも愛することは、弟子としてふさわしくありません。親が子供に対する期待と望みのために人間的な考えや方法で助けようとしてしまうことがあります。しかし、子供は信仰で助けなければなりません。イエス様は、私たちが使命の十字架、すなわち家族からの迫害と誤解の十字架を負いながらイエス様に従わない限り、私たちはイエス様にふさわしい者ではないと言われます。 私たちがイエス様に自分のいのちを預けるならば、私たちはいのちを得るようになると約束してくださいます。
イエス様の弟子を受け入れる人はイエス様を受け入れているのであり、イエス様を受け入れる人は、神様を受け入れているのです。弟子だからということで一杯の冷たい水でも飲ませる人は、これにふさわしい報いを受けるのです。弟子はこれほどの驚くべき特権と権威を持っているのです。
祈り:主よ、私がイエス様を第一にし、霊的な戦いに勝利し続けることができるように助けてください。
一言:剣をもたらすために来た
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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