□6月15日(月)
この権利を用いないで
コリント人への手紙第一9:1-18(12)
聖書本文
9:1 私には自由がないのですか。私は使徒ではないのですか。私は私たちの主イエスを見なかったのですか。あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。
9:2 たとえ私がほかの人々に対しては使徒でなくても、少なくともあなたがたに対しては使徒です。あなたがたは、私が主にあって使徒であることの証印です。
9:3 私をさばく人たちに対して、私は次のように弁明します。
9:4 私たちには食べたり飲んだりする権利がないのですか。
9:5 私たちには、ほかの使徒たち、主の兄弟たちや、ケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。
9:6 あるいは、私とバルナバだけには、生活のために働かなくてもよいという権利がないのですか。
9:7 はたして、自分の費用で兵役に服す人がいるでしょうか。自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない人がいるでしょうか。羊の群れを飼いながら、その乳を飲まない人がいるでしょうか。
9:8 私がこのようなことを言うのは、人間の考えによるのでしょうか。律法も同じことを言ってはいないでしょうか。
9:9 モーセの律法には「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」と書いてあります。はたして神は、牛のことを気にかけておられるのでしょうか。
9:10 私たちのために言っておられるのではありませんか。そうです。私たちのために書かれているのです。なぜなら、耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分配を受ける望みを持って仕事をするのは、当然だからです。
9:11 私たちがあなたがたに御霊のものを蒔いたのなら、あなたがたから物質的なものを刈り取ることは、行き過ぎでしょうか。
9:12 ほかの人々があなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちは、なおさらそうではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。むしろ、キリストの福音に対し何の妨げにもならないように、すべてのことを耐え忍んでいます。
9:13 あなたがたは、宮に奉仕している者が宮から下がる物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇のささげ物にあずかることを知らないのですか。
9:14 同じように主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活の支えを得るように定めておられます。
9:15 しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は権利を用いたくて、このように書いているのでもありません。それを用いるよりは死んだほうがましです。私の誇りを空しいものにすることは、だれにもできません。
9:16 私が福音を宣べ伝えても、私の誇りにはなりません。そうせずにはいられないのです。福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいです。
9:17 私が自発的にそれをしているなら、報いがあります。自発的にするのでないとしても、それは私に務めとして委ねられているのです。
9:18 では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに無報酬で福音を提供し、福音宣教によって得る自分の権利を用いない、ということです。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
パウロはコリント教会の開拓者であり、復活されたイエス様を目撃した使徒でした。ところが、コリント教会から支援を受けないで活動していました。当時の巡回教師たちは、自分が仕えている教会から生活費の支援を受けました。そのため、パウロがそうしないのを見て、彼は本物の使徒ではないと考える人たちがいました。そこでパウロは、自ら弁明します。他の使徒たちのようにいくらでも教会から生活費の支援を受ける権利が彼にもありました。ケファ(ペテロ)のように妻を伴っての働きをすることもできました。軍人がお金をもらうように、農夫が自分の農園の実を食べるように、その権利は当然でした。律法には「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」(申命記25:4)とあります。脱穀機につながれた牛が、その重労働に疲れて喉が乾いたり、お腹が空いたりした時に、自由に飲み、落ちた麦を食べることができるようにしなさいとイスラエルの律法は命じていました。動物にさえ労働に対する気配りをするのであれば、福音のしもべに対しては、尚更です。
しかし、パウロはその権利を用いませんでした。それは、キリストの福音に少しの妨げも与えたくなかったからです。彼は、自分の権利よりもイエス・キリストの福音が宣べ伝えられることをはるかに大切にしていたのです。また、聖徒たちの事情を誰よりもよく知っていました。兄弟姉妹たちに少しも負担をかけないよう、自ら働いて生計を立てながら福音を伝えました。さらに、使徒としての誇りを守るためにも、その権利を用いませんでした。彼は最後まで自立して働きながら、牧者として生きることを願い、兄弟姉妹たちの重荷にならないことを望みました。福音を宣べ伝えなければ、わざわいだとさえ思うほどの強い責任感をもって、神様から委ねられた務めに献身しました。
祈り:自分の権利を強く主張することを世は勧めてきます。しかし、権利を用いることよりも、主と人々への愛を用いて生きることが、主のみこころであることを学びます。
一言:キリストの福音を妨げないように
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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