□6月22日(月)
あなたがたはキリストのからだ
コリント人への手紙第一12:12-31(27)
聖書本文
12:12 ちょうど、からだが一つでも、多くの部分があり、からだの部分が多くても、一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。
12:13 私たちはみな、ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によってバプテスマを受けて、一つのからだとなりました。そして、みな一つの御霊を飲んだのです。
12:14 実際、からだはただ一つの部分からではなく、多くの部分から成っています。
12:15 たとえ足が「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。
12:16 たとえ耳が「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。
12:17 もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょうか。もし、からだ全体が耳であったら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。
12:18 しかし実際、神はみこころにしたがって、からだの中にそれぞれの部分を備えてくださいました。
12:19 もし全体がただ一つの部分だとしたら、からだはどこにあるのでしょうか。
12:20 しかし実際、部分は多くあり、からだは一つなのです。
12:21 目が手に向かって「あなたはいらない」と言うことはできないし、頭が足に向かって「あなたがたはいらない」と言うこともできません。
12:22 それどころか、からだの中でほかより弱く見える部分が、かえってなくてはならないのです。
12:23 また私たちは、からだの中で見栄えがほかより劣っていると思う部分を、見栄えをよくするものでおおいます。こうして、見苦しい部分はもっと良い格好になりますが、
12:24 格好の良い部分はその必要がありません。神は、劣ったところには、見栄えをよくするものを与えて、からだを組み合わせられました。
12:25 それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いのために、同じように配慮し合うためです。
12:26 一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。
12:27 あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。
12:28 神は教会の中に、第一に使徒たち、第二に預言者たち、第三に教師たち、そして力あるわざ、そして癒やしの賜物、援助、管理、種々の異言を備えてくださいました。
12:29 皆が使徒でしょうか。皆が預言者でしょうか。皆が教師でしょうか。すべてが力あるわざでしょうか。
12:30 皆が癒やしの賜物を持っているでしょうか。皆が異言を語るでしょうか。皆がその解き明かしをするでしょうか。
12:31 あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい。
私は今、はるかにまさる道を示しましょう。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
パウロは引き続き、信徒たちをからだの部分に例えてキリストの集まりについて教えています。信徒たちの中で、賜物があるのか、ないのか、あればどんな賜物なのかで優劣をつける雰囲気があったからです。しかし、どんな人でも同じ一つのバプテスマを受けて、一つのからだとなり、みな一つの御霊を飲んだとパウロはいいます。そしてからだが様々な器官で成り立っているのと教会の集まりは同じです。体の器官が互いを必要としているように、どのからだの器官もいらないものではありません。むしろ、より弱く見える部分が、かえってなくてはならない存在です。どの器官もかけてはいけないように、どのクリスチャンも教会に欠けてはならない存在だと教えます。
パウロはそれだけにとどまらず、さらに教えを深めます。それはからだに分裂がなく、互いのために配慮し合う事です。からだは、一つが苦しめば全体が苦しみ、一つが尊ばれると全体が喜びます。だから賜物の優劣で人を判断することではありません。大切なのは、互いに反応し合う配慮です。あなたは教会にいる兄弟姉妹の一人が悲しんでいる時、悲しんでいますか。反対に喜んでいるなら、自分のことのように喜んでいますか。あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。その部分ということは、他の部分とは関係がないのではありません。つながっているのです。そのつながりの中であなたがた一人ひとりはかけがえのない存在であることを感謝しているでしょうか。
祈り:私が隣の人とつながっていて、一つの体をなす部分であるのに、周りの人のことに無関心であり、また優劣をつけていたことを悔い改めます。隣人とのつながりを感謝していられるようにお助けください。
一言:わたしたちはキリストのからだの部分です
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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