□6月26日(金)
どこに、わたしへの尊敬があるのか
マラキ書1:1-14(6)
聖書本文
1:1 宣告。マラキを通してイスラエルに臨んだ【主】のことば。
1:2 「わたしはあなたがたを愛している。
──【主】は言われる──
しかし、あなたがたは言う。
『どのように、あなたは私たちを
愛してくださったのですか』と。
エサウはヤコブの兄ではなかったか。
──【主】のことば──
しかし、わたしはヤコブを愛した。
1:3 わたしはエサウを憎み、
彼の山を荒れ果てた地とし、
彼の相続地を荒野のジャッカルのものとした。
1:4 たとえエドムが、
『私たちは打ち砕かれたが、
廃墟を建て直そう』と言っても、
──万軍の【主】はこう言われる──
彼らが建てても、わたしが壊す。
彼らは悪の領地と呼ばれ、
【主】がとこしえに憤りを向ける民と呼ばれる。
1:5 あなたがたの目はこれを見る。
そして、あなたがたは言う。
『【主】は、イスラエルの地境を越えて、
なお大いなる方だ』と。」
1:6 「子は父を、しもべはその主人を敬う。
しかし、もし、わたしが父であるなら、
どこに、わたしへの尊敬があるのか。
もし、わたしが主人であるなら、
どこに、わたしへの恐れがあるのか。
──万軍の【主】は言われる──
あなたがたのことだ。わたしの名を蔑む祭司たち。
しかし、あなたがたは言う。
『どのようにして、あなたの名を蔑みましたか』と。
1:7 あなたがたは、
わたしの祭壇に汚れたパンを献げていながら、
『どのようにして、
私たちがあなたを汚しましたか』と言う。
『【主】の食卓は蔑まれてもよい』と
あなたがたは思っている。
1:8 あなたがたは
盲目の動物を献げるが、
それは悪いことではないのか。
足の萎えたものや病気のものを献げるのは、
悪いことではないのか。
さあ、あなたの総督のところに
それを差し出してみよ。
彼はあなたを受け入れるだろうか。
あなたに好意を示すだろうか。
──万軍の【主】は言われる──
1:9 さあ、今度は
神に嘆願したらどうか。
『われわれをあわれんでください』と。
このことはあなたがたの手によることだ。
神があなたがたのうち、
だれかを受け入れるだろうか。
──万軍の【主】は言われる──
1:10 あなたがたのうちには、
扉を閉じて、わたしの祭壇に
いたずらに火をともせないようにする人が、
一人でもいるであろうか。
わたしはあなたがたを喜ばない。
──万軍の【主】は言われる──
わたしは、あなたがたの手からのささげ物を
受け入れない。
1:11 日の昇るところから日の沈むところまで、
わたしの名は国々の間で偉大であり、
すべての場所で、わたしの名のために
きよいささげ物が献げられ、香がたかれる。
まことに、国々の間で偉大なのは、
わたしの名。
──万軍の【主】は言われる──
1:12 しかし、あなたがたは
『主の食卓は汚れている。
その果実も食物も蔑まれている』と言って、
わたしの名を汚している。
1:13 また、
『見よ、なんと煩わしいことか』と言って、
それに蔑みのことばを吐いている。
──万軍の【主】は言われる──
あなたがたは、かすめたもの、足の萎えたもの、
病気のものを連れて来て、
ささげ物として献げている。
わたしが、それをあなたがたの手から取って、
受け入れるだろうか。
──【主】は言われる──
1:14 自分の群れのうちに雄がいて、
これを献げると誓いながら、
損傷のあるものを主に献げるような、
ずるい者はのろわれる。
わたしは大いなる王であり、
──万軍の【主】は言われる──
わたしの名は諸国の民の間で
恐れられているからだ。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
マラキとはメッセンジャーという意味です。マラキ書は紀元前430年ごろに執筆されたとされています。バビロンからエルサレムに戻ってきたユダヤ人の人々は、荒れ果てた土地を直し、門を建て、神殿を再建築し、これからの将来に期待を持っていたことでしょう。そうしてやがて訪れるメシアの到来を待ち望んでいたことです。しかし、現実はそのようなことがありませんでした。ただ時間だけが過ぎてゆきました。そうしてゆく中で彼らの信仰も、神様に対する思いも、熱情も薄まっていた時のことでした。
マラキ書の初めに、神様はあなたを愛していると伝えています。第一声は、神様に期待していない民への愛でした。しかし、その声はストレートに届きません。何も起こらなかったではないかと、彼らは愛のメッセージを疑います。しかし、神様がご覧になれば、イスラエルはエサウではなくヤコブの民です。神様が愛し、祝福を与え、約束の中にいる人々に変わりないことをマラキはあかしします。それなのに神様への愛情が冷めているのはどちらなのかと、逆にマラキは祭司たちに問いかけるのです。
「どこに、わたしへの尊敬があるのか。」「どこに、わたしへの恐れがあるのか。」祭司たちは神様に対して汚れたパン、傷のある動物を献げていたのです。神様に対する献身ではなく、形だけを守っている儀式になってしまいました。そうした心のない献げ物を神様は受け取らないとマラキは警告します。どこに神様への愛があるのか、どこに尊敬があるのか、どこに恐れがあるのかと問いかけます。あなたはどうでしょうか。期待とおりにならず、裏切られたと神様を疑っていないでしょうか。聖書が問いかけるのは、神様はあなたを愛しているという事実、そしてあなたは神を愛しているのかということなのです。
祈り:思いや期待通りの状況にならないことであなたの愛を疑い、あなたへの献身が形だけで心が伴っていないことを悔い改めます。神様からの愛のメッセージを受け入れ、感謝するようにお祈りいたします。
一言:わたしはあなたがたを愛している
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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