□7月25日(土)
ぶどう園で働く労働者のたとえ
マタイの福音書20:1-16(14)
聖書本文
20:1 天の御国は、自分のぶどう園で働く者を雇うために朝早く出かけた、家の主人のようなものです。
20:2 彼は労働者たちと一日一デナリの約束をすると、彼らをぶどう園に送った。
20:3 彼はまた、九時ごろ出て行き、別の人たちが市場で何もしないで立っているのを見た。
20:4 そこで、その人たちに言った。『あなたがたもぶどう園に行きなさい。相当の賃金を払うから。』
20:5 彼らは出かけて行った。主人はまた十二時ごろと三時ごろにも出て行って同じようにした。
20:6 また、五時ごろ出て行き、別の人たちが立っているのを見つけた。そこで、彼らに言った。『なぜ一日中何もしないでここに立っているのですか。』
20:7 彼らは言った。『だれも雇ってくれないからです。』主人は言った。『あなたがたもぶどう園に行きなさい。』
20:8 夕方になったので、ぶどう園の主人は監督に言った。『労働者たちを呼んで、最後に来た者たちから始めて、最初に来た者たちにまで賃金を払ってやりなさい。』
20:9 そこで、五時ごろに雇われた者たちが来て、それぞれ一デナリずつ受け取った。
20:10 最初の者たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思ったが、彼らが受け取ったのも一デナリずつであった。
20:11 彼らはそれを受け取ると、主人に不満をもらした。
20:12 『最後に来たこの者たちが働いたのは、一時間だけです。それなのにあなたは、一日の労苦と焼けるような暑さを辛抱した私たちと、同じように扱いました。』
20:13 しかし、主人はその一人に答えた。『友よ、私はあなたに不当なことはしていません。あなたは私と、一デナリで同意したではありませんか。
20:14 あなたの分を取って帰りなさい。私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです。
20:15 自分のもので自分のしたいことをしてはいけませんか。それとも、私が気前がいいので、あなたはねたんでいるのですか。』
20:16 このように、後の者が先になり、先の者が後になります。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
ぶどう園の主人は、ぶどう園で働く労働者を雇いました。主人は、朝早くに市場にでかけ、「一日一デナリ」の約束をして、労働者たちをぶどう園に送りました。主人は、午前九時、十二時、午後三時ごろに出かけて行き、何もしないで過ごしている人がいれば、彼らをぶどう園に行かせました。ところが、午後五時ごろ、仕事が終わりに近づいた時にも、主人は市場に出かけ、一日中仕事をしないでいた人たちを、労働者として雇いました。することが何もなく、一日中市場に立っていると、自分がみじめになり、敗北感と劣等感に陥るようになります。人生が無意味に感じられます。虚脱感と疲労感から罪を犯すようになります。神様がお与えになった使命を知らなければ、人は市場にただ立っているだけの人のようなものです。熱心に働き、忙しく過ごしていても、神様の使命が心になければ、その心は、市場に立っている人と同じように、虚無感いっぱいで、疲れます。人は、神様の召しと使命がなければならない存在です。神様が私たちを召し、使命を任されたことは、本当に尊い祝福です。
夕方になり、ぶどう園の主人は労働者を呼び、最後に来た人から順番に、最初に来た人まで、みなに一デナリずつ与えました。何と、一時間しか働かなかった人にも、一デナリずつ与えたのです。後から来た者も、最初に来た者も、同じ恵みを施されるのが、神様の恵みです。
祈り:父なる神様、あなたの召しと使命を尊い恵みとして受け取り、他の人と比べることなく、与えられた場で感謝して歩む者にしてください。
一言:私にも一デナリ
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
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