□8月21日(金)
代償のささげ物として主のもとに
レビ記5:14-6:7(5:15)
聖書本文
5:14 【主】はモーセにこう告げられた。
5:15 「人が信頼を裏切ることをしたとき、すなわち、【主】の聖なるものに関して気づかずに罪に陥ってしまった場合、羊の群れから傷のない雄羊、それも、聖所のシェケルで数シェケルの償いの銀に相当すると評価される雄羊一匹を、代償のささげ物として【主】のもとに連れて行く。
5:16 その人は、その聖なるものに関して罪に陥っていたことの償いをする。それにその五分の一を加えて、祭司に渡す。祭司は、その代償のささげ物の雄羊をもって彼のために宥めを行い、彼は赦される。
5:17 また、もし人が罪に陥っていて、【主】がしてはならないと命じたすべてのうち一つでも行いながら自覚がなく、後になって責めを覚えるなら、その人はその咎を負う。
5:18 その人は羊の群れから、代償として評価された、傷のない雄羊一匹を祭司のところに連れて行く。祭司は彼のために、彼が自覚せずに、また気づかずに犯した過失のゆえに宥めを行う。そして彼は赦される。
5:19 これは代償のささげ物である。彼は確かに【主】の前に償いの責めを負っていた。」
6:1 【主】はモーセにこう告げられた。
6:2 「人が罪に陥っていて【主】の信頼を裏切るとき、すなわち、預かり物や担保の物やかすめた物について同胞を欺いたり、あるいは同胞を脅迫してゆすり取ったり、
6:3 あるいは落とし物を見つけながらも欺いたりするなどして、人が罪に陥っていて行う事柄の一つについて、偽りの誓いをするようなとき、
6:4 その人が罪に陥り、後になって責めを覚える場合には、そのかすめた品や脅迫してゆすり取った物、自分に託された預かり物、見つけた落とし物、
6:5 あるいは、それについて偽って誓った物をすべて返さなければならない。元の物を償い、また、それに五分の一を加えなければならない。彼は自分が責めを覚えるときに、その元の所有者にそれを返さなければならない。
6:6 その人は羊の群れから、傷のない、代償として評価された雄羊一匹を、【主】への自分のための代償のささげ物として、祭司のところに連れて行く。
6:7 祭司は【主】の前でその人のために宥めを行う。彼は、自分が行って責めを覚えるようになったどのことについても赦される。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
「代償のささげ物」とは、主の聖なるもの(献げ物など)や、隣人の権利・財産に損害を与えた場合、その罪を贖うために献げるものです。たとえば、主に献げるべき物を献げなかったり、初物や十分の一の献げ物を怠ったりした場合、代償のささげ物として動物を主のみもとへ連れて行かなければなりませんでした。その人は、損害に相当する価の雄羊を献げるとともに、その「五分の一」を加えて祭司に渡します。聖なるものは神様に属するものです。それを神様に返さず、自分の思い通りに使うことは、神様の恵みを忘れる罪なのです。
神様が命じられたことを、気づかずに犯してしまった場合も同様です。「知らなかった」と言い訳をすることはできません。この場合も、傷のない雄羊を代償のささげ物として祭司のもとへ連れて行きます。神様は、私たちが意識していない領域においてさえも、聖くあることを望んでおられるからです。
また、他人に被害を与えた場合にも、代償のささげ物が必要です。預かり物や担保の品を欺き取ったり、ゆすり取ったりすること、あるいは同胞を脅迫したり、落とし物を見つけながら「知らない」と偽ったりすることも含まれます。隣人に損害を与えた場合には、元通りの額に「五分の一」を上乗せして賠償しなければなりませんでした。神のかたちとして造られた隣人に罪を犯すことは、すなわち神様に対しても罪を犯すことだからです。神様を真実に愛するなら、隣人も自分自身のように愛し、誠実に仕えなければなりません。
私たちは、神様に対しても人に対しても、借りたままにしているものはないでしょうか。罪の赦しを乞うだけでなく、具体的な「回復」と「誠実さ」をもって生きる姿勢が、真の礼拝者には求められています。
祈り:生きておられる神様、神様のものは神様に、人に返すべきものは人に返し、真実に生きることができるよう助けてください。言葉だけでなく、行動をもってあなたの愛を証しさせてください。
一言:神様と人の前で、誠実と愛をもって生きよう
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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