□9月6日(主日)
黙ってただ神を待ち望む
詩篇62:1-12(1)
聖書本文
62:1 私のたましいは黙って ただ神を待ち望む。
私の救いは神から来る。
62:2 神こそ わが岩 わが救い わがやぐら。
私は決して揺るがされない。
62:3 おまえたちは いつまで一人の人を襲うのか。
おまえたちは こぞって打ち殺そうとしている。
城壁を傾け 石垣を倒すように。
62:4 実に彼らは 人を高い地位から
突き落とそうと企んでいる。
彼らは偽りを好み
口では祝福し 心では呪う。 セラ
62:5 私のたましいよ 黙って ただ神を待ち望め。
私の望みは神から来るからだ。
62:6 神こそ わが岩 わが救い わがやぐら。
私は揺るがされることがない。
62:7 私の救いと栄光は ただ神にある。
私の力の岩と避け所は 神のうちにある。
62:8 民よ どんなときにも神に信頼せよ。
あなたがたの心を 神の御前に注ぎ出せ。
神はわれらの避け所である。 セラ
62:9 低い者はただ空しく
高い者も偽りだ。
秤にかけると 彼らは上に上がる。
彼らを合わせても 息より軽い。
62:10 圧制に頼るな。
略奪に空しい望みをかけるな。
富が増えても それに心を留めるな。
62:11 神は一度告げられた。
二度私はそれを聞いた。
力は神のものであることを。
62:12 主よ 恵みもあなたのものです。
あなたは その行いに応じて人に報いられます。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
この詩篇は、ダビデが自分の子アブシャロムに追われて逃げ回った心苦しい状況の中で書かれたものだと言われています。ダビデの敵たちは、ひたすらダビデを襲い、こぞって打ち殺そうとしています(3)。ダビデを王位から突き落とそうと企んでいる者たち、そして口では祝福しても心では呪う偽り者たちがうごめいています(4)。その時、ダビデは「孤立無援」の心境で、腹黒い人のことばに非常に心を痛めていたことでしょう。このような状況になると、気落ちして絶望し、憤ったり、恨んだりしやすくなります。
しかし、ダビデはどのようにしましたか。「私のたましいは黙ってただ神を待ち望む。私の救いは神からくる。神こそわが岩、わが救い、わがやぐら。私は決して揺るがされない」(1,2)。「私の救いと栄光はただ神にある」(8)と歌いました。彼は自分が置かれている苦しい状況の中でも、静かに神を待ち望む、と歌いました。それは、救いと望みは神から来る、と信じていたからです(1,5)。
ダビデは、民たちにも確信をもってこう言います。「民よ。どんなときにも神を信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎだせ。神はわれらの避け所である」(8)。この世に身を置いて生きている私たちにも、ダビデのような苦しみや憤り、恨み、絶望、落胆などは少なからずあるでしょう。やられたら、それ以上にやり返したくなるのが本音です。しかしダビデは、決してそのようなことはしませんでした。むしろ、救いと望みは神から来ると信じて、黙ってただ神を待ち望んでいたのです。これが私たちクリスチャンの生き方だと言えます。何かがあった時こそ、主の前で静かに祈り、静かに聖書を黙想し、静かに賛美の歌を歌ってみましょう。きっと心の底から湧き出る喜びがあるはすです。
祈り:主よ、怒りや不安にのみ込まれず、あなたの御前に静まる者とならせてください。あなたにある救いと望みを、いつも見失わないように助けてください。
一言:救いは神から来る
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
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