□9月14日(月)
主を尋ね求めよ
ゼパニヤ書2:1-15(3)
聖書本文
2:1 ともに集まれ、集まれ。
恥知らずの国民よ。
2:2 御定めが行われて、
その日が籾殻のように過ぎ去らないうちに。
【主】の燃える怒りが、
まだあなたがたを襲わないうちに。
【主】の怒りの日が、
まだあなたがたを襲わないうちに。
2:3 すべてこの国の、
主のさばきを行う柔和な者たちよ、
【主】を尋ね求めよ。
義を尋ね求めよ。柔和さを尋ね求めよ。
そうすれば、【主】の怒りの日に、
かくまってもらえるかもしれない。
2:4 まことに、ガザは捨てられ、
アシュケロンは荒れ果てる。
アシュドデは真昼に追い払われ、
エクロンは根こそぎにされる。
2:5 わざわいだ、海辺に住む者たち、
クレタ人の国。
【主】のことばはおまえたちに向けられている。
「ペリシテ人の地、カナンよ。
わたしはおまえを消し去って、
住む者がいないようにする。」
2:6 海辺よ。おまえは牧場となり、
牧者たちの牧草地となり、
羊の囲い場となる。
2:7 海辺はユダの家の残りの者の所有となる。
彼らは海辺で羊を飼い、
日が暮れると、アシュケロンの家々で横になる。
彼らの神、【主】が彼らを顧みて、
彼らを元どおりにされるからだ。
2:8 「わたしはモアブのそしりと、
アンモン人の、ののしりを聞いた。
彼らはわたしの民をそしり、
自分の領土のことで高ぶった。
2:9 わたしは生きている。
──イスラエルの神、万軍の【主】のことば──
それゆえ、モアブは必ずソドムのようになり、
アンモン人はゴモラのようになり、
いらくさの茂る所、塩の穴、
とこしえに荒れ果てた地となる。
わたしの民の残りの者が、そこをかすめ奪う。
わたしの国民の生き残りが、そこを受け継ぐ。」
2:10 これは彼らの高慢のためだ。
彼らが万軍の【主】の民をそしり、
これに向かって高ぶったからだ。
2:11 【主】への恐れが彼らに下る。
主が地のすべての神々を消し去られるからだ。
人々はそれぞれ、自分のところで主を礼拝する。
異国のすべての島々も。
2:12 「あなたがた、クシュ人も、
わたしの剣で刺し殺される。」
2:13 主は手を北に向けて伸ばし、
アッシリアを滅ぼし、
ニネベを荒れ果てた地とし、
荒野のようにし、砂漠とされる。
2:14 その中に、獣の群れが、あらゆる地の獣が伏す。
ふくろうと針ねずみは、その柱頭をねぐらとし、
その鳴き声は窓に響き渡り、荒廃は敷居に及ぶ。
まことに、その杉材が剝がされる。
2:15 これが、安心して過ごし、
「私だけは特別だ」と心の中で言っていた、
あのおごった都だ。
ああ、その都は荒れ果て、
動物の伏す所となる。
そこを通り過ぎる者はみな、
嘲って手を振る。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
2章は、主が全地をさばかれるお方であることを明らかにしています。主は、あらゆる場所にある罪をご覧になり、それをさばかれます。ご自分の民であるユダだけでなく、すべての国々をもさばかれるのです。
最初の1~3節で、主はまずご自分の民ユダに語りかけておられます。主は彼らに、ともに集まり、主のもとに立ち返るよう促されます。さばきの日はすでに近づいていました。しかし、まだ遅すぎるわけではありません。もし彼らがともに集まり、主を尋ね求めるなら、そのさばきの中にあっても、主に守られる道が残されていました。
では、主を尋ね求めるとは、どういうことでしょうか。3節は、主のさばきを行い、義を尋ね求め、柔和さを尋ね求めることだと語っています。主の民は、自分のうちに義を求めるのではなく、主のうちに義を求めるよう招かれています。そして、主を尋ね求める歩みは、柔和さ(へりくだり)をもってなされるものです。自分の弱さや失敗を認め、そのただ中から主に向かって立ち返るのです。そのとき、主はご自身の民を怒りの日に隠し、守ってくださいます。
主はまた、全地のさばき主でもあられます。主はご自分の民だけをさばかれるのではなく、主を知らない者たち、主とは関係がないと思っている者たちをもさばかれます。ここでは特に、かつてユダを辱めた周辺の国々に対するさばきが語られています。しかしその中にも、主はご自分の民に希望を示しておられます。主のさばきは終わりではなく、主を尋ね求める者を守り、なおご自分のもとへ招くための御手でもあるのです。
祈り:主よ、自分の力ではなく、あなたのうちに義を求める心を与えてください。弱さの中であなたを尋ね求め、あなたの御手の中に隠されて歩む者とさせてください。
一言:主を尋ね求めよ
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
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