□9月22日(火)
生きている者の神
マタイの福音書22:23-33(32)
聖書本文
22:23 その日、復活はないと言っているサドカイ人たちが、イエスのところに来て質問した。
22:24 「先生。モーセは、『もしある人が、子がないままで死んだなら、その弟は兄の妻と結婚して、兄のために子孫を起こさなければならない』と言いました。
22:25 ところで、私たちの間に七人の兄弟がいました。長男は結婚しましたが死にました。子がいなかったので、その妻を弟に残しました。
22:26 次男も三男も、そして七人までも同じようになりました。
22:27 そして最後に、その妻も死にました。
22:28 では復活の際、彼女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。彼らはみな、彼女を妻にしたのですが。」
22:29 イエスは彼らに答えられた。「あなたがたは聖書も神の力も知らないので、思い違いをしています。
22:30 復活の時には人はめとることも嫁ぐこともなく、天の御使いたちのようです。
22:31 死人の復活については、神があなたがたにこう語られたのを読んだことがないのですか。
22:32 『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。』神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神です。」
22:33 群衆はこれを聞いて、イエスの教えに驚嘆した。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
復活を否定するサドカイ人たちは七人兄弟と一人の妻の例を挙げ、復活の不合理さをイエス様に突きつけました(23-28)。彼らの問いは、 神の国を現実の延長線上でしか捉えない、人間的な限界に基づいたものでした。
これに対しイエス様は、彼らの「二つの無知」を指摘されます(29)。第一に、神様の力は地上の限界を超え、私たちを天の御使いのような新しい次元へと引き上げるということ(30)、第二に、聖書が証しする神様は「死んだ者の神ではなく、生きている者の神」であるということです(31,32)。神様がご自身を「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と現在形で語られたのは、肉体の死を超えて、彼らが今も主の御前で生きていることを証明しています。
死が終わりであると考えるなら、人は目に見える世の快楽や執着に流されてしまいます。しかし、主との関係は死によって断たれず、永遠に続くのです。この栄光ある復活の望みがあるからこそ、私たちは目先の困難に揺さぶられず、主から託された使命に励むことができます。私たちの神は、今この瞬間もあなたとともに生きておられる「生きている者の神」なのです。
祈り:主よ、あなたの偉大な力と愛によって、私たちを日々イエス・キリストの似姿に変えてくださり、今も変わらず永遠の約束を結んでくださっていることを感謝いたします。復活の希望を失うことなく、永遠にあなたの御前を歩むことができるように助けてください。
一言:復活はある
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
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