□10月31日(土)
惜しまないでいられるだろうか
ヨナ書4:1-11(11)
聖書本文
4:1 ところが、このことはヨナを非常に不愉快にした。ヨナは怒って、
4:2 【主】に祈った。「ああ、【主】よ。私がまだ国にいたときに、このことを申し上げたではありませんか。それで、私は初めタルシシュへ逃れようとしたのです。あなたが情け深くあわれみ深い神であり、怒るのに遅く、恵み豊かで、わざわいを思い直される方であることを知っていたからです。
4:3 ですから、【主】よ、どうか今、私のいのちを取ってください。私は生きているより死んだほうがましです。」
4:4 【主】は言われた。「あなたは当然であるかのように怒るのか。」
4:5 ヨナは都から出て、都の東の方に座った。そしてそこに自分で仮小屋を作り、都の中で何が起こるかを見極めようと、その陰のところに座った。
4:6 神である【主】は一本の唐胡麻を備えて、ヨナの上をおおうように生えさせ、それを彼の頭の上の陰にして、ヨナの不機嫌を直そうとされた。ヨナはこの唐胡麻を非常に喜んだ。
4:7 しかし翌日の夜明けに、神は一匹の虫を備えられた。虫がその唐胡麻をかんだので、唐胡麻は枯れた。
4:8 太陽が昇ったとき、神は焼けつくような東風を備えられた。太陽がヨナの頭に照りつけたので、彼は弱り果て、自分の死を願って言った。「私は生きているより死んだほうがましだ。」
4:9 すると神はヨナに言われた。「この唐胡麻のために、あなたは当然であるかのように怒るのか。」ヨナは言った。「私が死ぬほど怒るのは当然のことです。」
4:10 【主】は言われた。「あなたは、自分で労さず、育てもせず、一夜で生えて一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。
4:11 ましてわたしは、この大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか。そこには、右も左も分からない十二万人以上の人間と、数多くの家畜がいるではないか。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
ニネベの人が救われると、ヨナは逆に不愉快になりました。彼は怒り、主に不満を漏らしました。彼の言葉から、ニネベの人はさばかれてもいいと思っていたのでしょう。彼は自分が逃げて赦されたこともすっかり忘れて、狭い心でニネベの人をさばいていたのです。そして自分の思い通りにならないと死んだ方がマシだと騒ぎ立てたのです。それから彼はニネベに起きることを見届けるため、都の東に仮小屋を作り座りました。この時、神様は一本の唐胡麻を備えてくださったので、涼しくなり、ヨナの機嫌を直されました。しかし、翌日の夜明けに一匹の虫が唐胡麻を噛んだので枯れてしまい、太陽が昇った時、焼け付くような東風と太陽が彼を照り付け、彼はまたしても死んだ方がマシだと苦しみだしました。
神様はヨナの怒りと視野の狭い信仰を責められません。むしろ彼が唐胡麻を惜しんだように、神様にとってニネベの人はもっと惜しむべき存在であることを教えられました。神様は悔い改め、神様に立ち返る人に、情け深くあわれみ深い神です。神様を求めた水夫、魚の腹の中で神様に祈ったヨナ、粗布をまといひたすら神様に祈ったニネベの人々。こうした声に神様は恵み豊かで、わざわいを思い直され、赦してくださいます。神様は罪人を憐れんでおられるからです。唐胡麻よりも無くなるのを惜しんでおられるからです。あなたは唐胡麻よりも神様に惜しまれていることを聖書は教えています。
祈り:私が自分の視野で人を勝手にさばいていたことを知ります。誰にもあわれみと恵みをかけておられる神様を自分の所有のように考えていた心を悔い改め、神様の心を知るようにお助けください。
一言:情け深くあわれみ深い神
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。
「日ごとの糧に関するご意見・ご要望、メール配信希望・配信停止については、以下のリンク先よりお問い合わせください。
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